「あんた、どこで何をやった?」
縁を切られていた当主の弟の母の義姉、つまりは伯母に当たる人物の登場に、屋敷の親類縁者は大いに慌てたようだった。慌てたというよりも、無視をするのは当然なのだがそれに苦労を要する、といった様相だった。
早くも、ドーターの鬼子が書庫の管理人に指定するのはドーター家から追放された彼女、アトゥアではないかと囁かれている。
そんな女性との挨拶を済ませたエバンスは、ロバートという使用人に呼ばれ、彼と連れ立って書庫へと向かい、少し前に別れたばかりのシュムとシュムがカイと呼ぶ契約の獣と顔を会わせることになった。
彼はシュムとはほぼ初対面のはずだが、その第一声には、言われた当人でさえ首を傾げていた。
だが、疑問にではなかったらしい。やはり少しばかりやつれた顔を、ついと当座の相棒の方に向ける。
「糸口があったみたいだよ」
「らしいな。ちび、状況を話すから、そっちも聞かせてくれ。…魔導士、あんたはいい。戻ってくれ」
「あなたの言葉に従う義務はありません。何があったのか、私も聞かせてもらいます」
言った男を睨みつける。人のものではありえない紅い瞳をさらけ出した青年の姿をした生き物は、無表情にエバンスを見つめ返していたが、ややあって溜息を落とした。
「上の寝台を借りていいか。誰も入らないよう、鍵もかけてくれ」
「はいはい。ロブ、俺かリーさんに用事があったら、ベルを鳴らしてくれるか?」
「はい、承知しました。これ、中までお持ちしましょうか?」
「いや。俺が持っていく、ありがとう」
礼なんていらないといったことを口にして、書庫の入り口に控えていたロバートが下がった。彼は、飲み物や菓子類、湯気の立つポタージュスープの載った盆(トレイ)を片手で支え、首から下げていたらしい鍵を引っ張り出してかけた。内側でも別個の鍵が必要となる錠は珍しい。
興味を覚えて覗き込むと、からかうような瞳にぶつかった。
「リー導士、見てるなら持ってくれてもいいんじゃない?」
「あ。ごめ…申し訳ありません」
「ごめんでいいって。堅苦しい言葉を使われるのは好きじゃない」
肩をすくめて、言っておきながら一人で盆(トレイ)を支えて先に階段を上る。その後に、シュムを横抱きにした青年が続く。一拍遅れながらも四人を追ったエバンスは、青年の腕に不似合いな可愛らしいバスケットが下げられていることに首を傾げた。
青年は、とりあえずは慎重にシュムを扱っているようだ。
二階の半分を使った居住区には、昨日目にした通りに比較的質素な寝台と机や椅子などがあり、読みかけなのか、本が何冊か積まれている。
ナイトテーブルの小判二冊を空いた手で持ち上げ、代わりに盆(トレイ)を置いた。
「あんまり寝心地はよくないけどどうぞ。スープ、飲む?」
「うん」
「朝飯食ったばっかだろお前…」
「食べられるときに食べてた方がいいんだよ。微熱でも、体力消耗するしね」
シュムが寝台に腰かけ、隣に紅い瞳をした青年が座る。部屋の主が椅子に座るとなると、エバンスが座れそうなところはなく、近くの壁に寄りかかった。立っていることは、さほど苦にはならない。
「悪い、リー導士。人が来るなんて考えてなかったから」
わざわざコーヒーを手渡してくれた彼が、そのまま隣の壁に寄りかかろうとするのを見て、空いている本人の椅子を指し示す。
「私は、招かれざる客ですからお構いなく。ただ、どういった関係なのかはお聞きしたい」
「だからそんな言いかたしなくてもいいって」
「お酒飲ませるといいよ。量に気をつけないと寝ちゃうけど」
「聞かせてもらえますね?」
昨夜、酒を飲んだせいで話の途中で寝てしまったエバンスは、むしろ不幸なことに、記憶は全て残っている。それどころか、話していて喚起されたのか、十年以上も前の出来事を再現した今朝の夢まで、しっかりと覚えている。
目覚めたのは自室だが、彼に頼まれてロバートが運んでくれたと知った。面目丸つぶれだ。
「お前に関係ないだろ」
「あります」
あまりに不機嫌そうな青年の声に、それだけは即答して、どう話したものかと思案する。シュムは言わば同僚だから、問題はない。その隣に関しても、吹聴して回ることもないだろう。そうなると残りは当事者の心情くらいのもので、椅子に座った彼を見ると、軽く肩をすくめて見せた。
「飲めば? 冷めるし」
「え? あ、ああ…話しますよ」
「どうぞー」
カップを持っていない方の手をひらめかせ、そのままナイトテーブルに載ったクッキーを掬い取る。シュムに対してもよく思うが、緊張感といったものを持ち合わせてはいないのだろうか。
コーヒーで喉を潤して、目の置き所に迷ってクッキー皿をぼんやりと見る。
「彼の血縁上の父親が人ではないため、監視の必要ありということで僕が派遣されました。その見極めのためにこちらに滞在しているものですから、何かしら問題があるのであれば、同席しないわけにはいきません」
「回りくどいなー」
「どこがですか」
「要は、俺の親父が魔物だったから目を離せないって、ほら、それなら短い」
あっけらかんと言い放たれ、エバンスは言葉を失う。本当にそれで――いいのだろうか。
「まあその言い方は、本人かよほどの無神経か馬鹿にしかできないけどね」
こちらもさらりと言ってのけたシュムは、深皿のスープをまだスプンで掬って運んでいる。今朝はあんなことを言っていたが、それだけではなかったのか。シュムの体調についての話だったと思い出し、口をつぐむ。
コーヒーを飲み干して、盆(トレイ)に置いて戻る。
「エヴァって、いいもの食べてるはずなのに舌鈍いよね」
聞き流していいものかと思ったが、先に彼が口を開き、機会を逃してしまう。
エバンスとほぼ同齢の青年は、カップを机に置き、腕組みをしていた。
「避けられないっぽいからぶっちゃけるけど、俺、今までちょくちょくここ抜け出して、契約結んだりしてたんだよな。ほら一応、魔物の血混じってるから。召喚の魔方陣にも反応できて。にーさんとも、そのときに知り合ったんだよ。で、南の森からしか行けなかったから、これは何かあるなと思ってたんだ。面倒だから調べてなかったけど」
何か言おうにも、言葉を失う。そんなことが発覚すれば、確実に処分の決を下されるだろう。危険視されるに決まっている。
「それとは別に、俺には、気付くと寝たきりだった母親がいた。なあ、嬢ちゃん。どうしてあんたから同じ気配がするんだ?」
部屋中の誰もが、彼を凝視していた。
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