来客があると聞き、シュムは、重い体、特に足を引きずって一階に降りた。
「やあおはよう、エヴァ。一人?」
予想していた人物ではあるが、てっきり昨日顔を合わせた青年も来ると思っていたのだが、違ったようだ。ちなみに、カイはまだ眠っているはずだ。
「顔色が悪いようですが、何かあったんですか?」
「あれ、判る? ちょっと夢見が悪かっただけなんだけどね」
どろどろとした感情の渦巻く夢を見て、細部こそ覚えていないものの、そのせいでか体が重い。あるいは風邪でもひいて、そのせいで厭な夢を見たのかもしれない。
まだ魔導を学ぶ前、勝手に描き出される魔方陣による消耗で、しょっちゅう寝付いていたときを思い出す。微熱があるような、そんな鈍い疲れがある。
「そうですか」
「えっと、それならお説教はなしってことにはならない?」
「説教をされる自覚はあるんですね」
にこやかに微笑まれ、シュムの笑顔がひきつる。藪蛇だった。
ちょうど届けられた湯気の立つスープのついた朝食を、ありがたく受け取る。疲れているときこそ、味がわからなくてもとりあえず食べる主義のシュムは、固焼きのパンをちぎってスープに落とし込んだ。
「…大丈夫ですか?」
「そんなに体調悪そうに見える? 参ったなあ、カイには口実つけて会わない方がいいかな」
「何故ですか」
「だってこの頃、やけに心配性なんだよ。逆にこっちが心配になるくらい」
エバンスは、険しいかおをした。
知り合った頃からだが、エバンスは、魔物に友達のいるシュムを、心配してくれるのかいろいろと言ってくる。付き合いの長いカイにも、いい顔はしない。
その割には、彼らの分を犯さないところが律儀なのだが。
「…あまり、信用しない方がいいと思います」
「魔物はみんな友達、なんて馬鹿なことは言わないよ。だから、友達に裏切られるならそれはそれ。人との付き合いにだってあることでしょ」
思っていたよりもあっさりとした味のスープに浸ったパンが、食べやすい。追加で、ホットミルクをたのんだ。値を弾んで、蜂蜜をたらしてもらう。
「それよりも、エヴァがここに来たのって、昨日会った人が問題? それとも、森の洞窟?」
はあ、と判りやすく溜息が落とされる。見つめる目が恨めし気で笑ってしまったところ、余計に睨まれた。
城付きに戻るついでに手伝えることなら手伝おうと思ってのことだが、好奇心による質問でもある。人とは言い切れない青年と、昨夜の妙な木のある洞窟と。怪しそうなのはそのあたりだが、どちらも確信はない。そしてどちらも、中途半端に怪しい。
不意にエバンスが、洞窟があったか、と呟いた。
「洞窟の方?」
「いえ。…そうではありませんが、気になるので調べてもらえますか?」
「うん、任せて。エヴァは、ここにしばらくいるの?」
「はい。しばらく城に滞在しますから、何かあれば知らせてください。もしこちらが先に片付けば、手伝います」
「了解」
運ばれたホットミルクのコップを、そっと両手で包み込む。
食べる物を食べたからか、どろりとした疲れは、幾分治まっていた。ろくに覚えてもいないのにささくれ立っていた感情が、緩やかに常態を取り戻していく。
「あ、それと。半年ほど前のことを覚えていますか。あなたが行方をくらます前の出来事です」
「あー、さりげなく耳がイタイイタイ」
ふいっと逸らした視線が、階段を降りかけていたカイとぶつかった。顔をしかめられ、まずいかと思うが、今更どうしようもない。
観念して、視線を戻す。
「同属喰らいのやつ? 覚えてるよ」
「その一部と思われるものが、北のスクムの村に現れました。とりあえず封印は施したのですが、城に戻る前にでも、足を運んでいただきたいのですが」
「それなら、もう行って来たよ」
「え」
カイが無言で、シュムの隣に腰を下ろした。エバンスは、びくりと反応はしたが、以前ほどの隔意は見られない。何かあったのかな、と思う。
「この間お邪魔したときに、報告だけは先に聞いてたから。相変わらず、術を変形させて使うのが上手いねえ、エヴァ」
「……シュムさん。俺は、あなたが塔を壊して行ったせいでさんざん財務官に小言を食らったんですよ。あなたが一人で逃げるから!」
「ごめんごめん」
「誠意が感じられません…」
はあ、と大きく息を吐く。その様子を、カイが胡乱そうに見ていた。
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