第二場


 その頃、リーランド国の栄えある宮廷魔導士エバンス・リードは、逃げ場を探していた。

 事は、一月ほど前に遡る。新年の祝賀会での出来事だ。

 その盛大なパーティーの場に、事もあろうか、魔獣が召喚されたのだ。もちろん余興であるはずがなく、あわや大惨事、というところを、闖入者が城外へと誘導することで解決した。ただし、使っていなかったとはいえ、塔を一つ犠牲にしてのことだ。

 その場に居合わせ、その実行を手助けしたエバンスは、後で、財務担当に山ほどの小言を頂戴した。今なおだ。

 エバンスは、小国にしては珍しくも三人いる宮廷魔導士のうち、実践あるいは実戦担当の一番の下っ端だ。そうしてこの場合、一番文句を言いやすい責任者ということにもなる。まだ二十前半という年齢も、それに拍車をかけた。

 その場にいた闖入者の師は、王位継承権を放棄して弟子入りした国王の長男を従え、早々に出立してしまっている。行動を許可した国王やエバンスの直属の上司二人は、ある意味最高権力者だ。そして何より、何をどう言ったところで聴きはしない。全て、右から左に流されるのがおちだ。それでは、独り言と変わらない。

 おかげで、エバンスがいつキレるか、という囁きが行き交い、賭けさえも成立しそうな状態だった。

「エヴァ、ティアト・ドーターの葬儀に参列してきてくれないか」

 だから、その要請には、正直なところ、飛びつきたいほどだった。だが、表面上だとしても、そうしないところがエバンスのエバンスたるところだ。密かなあだ名では、「鋼鉄の男」と呼ばれているらしい。

 血のつながりのある若い国王に対し、わずかに眉をひそめる。

「ティアト・ドーター…申し訳ありませんが、そのような貴族がいましたか?」

「ああ。西の端、山の中だ。ティアト・ナクシスと言った方が覚えがあるかな」

「ナクシス…あの、ティアト・ナクシスですか? 彼女がなくなったのですか?」

 その名前になら、覚えがある。二十四年前に魔物の子を宿し、一年後――通常の妊娠よりも二月ほど長くかかった後に出産した女性だ。言われて思い出してみれば、ナクシスは旧姓だ。その弟は、役所勤めをしていなかっただろうか。

 そうとなれば、四十ほどか。早すぎはしないが、やはり早い死だ。

「昨日、便りが来た。見張りの者とドーター家の当主の両方からな。件の息子は、健在ということだ」

「…そうですか」

 魔物の血の混じった子など殺してしまえと、そうでなくても厳重に閉じ込めておけと、そう言う声は多かったということだ。さすがに、二十年以上前のことだから直接には知らない。何しろ、問題の子供とエバンスは、ほぼ同い年だ。

 その子供が「処分」を免れたのは、エバンスの師にして今の上司、宮廷魔導士次長のエドモンドと宮廷魔導士総長のジルの尽力による。常の監視を義務付け、問題が見られなければ制約をしないという約束を、どうやってか取り付けたのだ。

「報告を聞いていると、どうも、その息子にとって、母親は一種の枷だったらしくてな。それが外れてどうするつもりか、様子を見極めてきてくれないか。判断と処分は一任する」

「総長と次長には」

「熨斗をつけられた」

「……拝命します」

 予想はしていたが、少しどうかと思う。

 それにしても、こういった遊撃は、担当が他にいるはずなのだが。その人物は、一月前の破壊のどさくさに紛れて逃亡してしまったきり、行方が知れない。

 溜息を押し殺し、一礼して退出を告げる。そこに、呟くような声が投げかけられた。

「グロックスを治めるドーター家の現当主は、ティアト夫人の一人目の息子だということだ。ただし、父親も人間だ。二十四年前、彼女の名はティアト・ドーターだった」

 醜聞に類するそれを頭に叩き込む。ドーター家としては腹立たしいだろうが、ただの離縁でさえ、大きな醜聞だ。一連の情報は全て、ドーター家ができる範囲での隠蔽工作がなされているだろう。

 しかしそうなると、問題の息子は当主は血のつながった弟ということになる。貴族間で血縁を説くことの虚しさは熟知しているが、果たしてお互い、どう見ているのだろうか。

「それとだな、エヴァ。いい加減に敬語はやめろと言ってるだろう」

「空耳が聞こえますね」

 恨めしげな実兄の言葉に、やはり独白めいた言葉を返し、エバンスは今度こそ部屋を後にした。



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