手馴れた一人旅の途上、エバンスは怠ることなく情報収集に努めた。
今向かっているドーター家のことは元より、どこで耳に挟んだ雑談が、いつどんな形で活きてくるか判らない。盗み聞きといえば聞こえは悪いが、常に聞き耳を立てていた。
「わぁ、兄さん美人だねぇ。並ぶとあたしの方が見劣りしそうだ」
「君に目を奪われる人はいても、俺に見とれる人はいないよ」
「やだもう、君だなんて」
嘘はついていない。見る者が男であれば確実だ。
いささか安っぽいが美人でグラマラスな女性店員は、嬉しそうに笑い、また後でねと声をかけて店主の元に戻った。食事時とあって、店はそこそこに混んでいる。大半は、地元の飲み客だろう。
今更だが、付き合う女性もいないのに、あしらいばかり上達していくのもどうしたものかと、密かに溜息をこぼす。
「そういや、聞いたか。グロックスの洞窟に何か棲みついてるらしいぞ」
「何かってなんだよ?」
「いや、何かがいるのは確からしいんだが、戻ってきた奴らが、どうにもさっぱりでなあ」
「さっぱりって?」
「腑抜けになったっていうか、魂抜かれたような感じでな」
ざわめきに紛れた会話を聴き取り、ドーター家の治めるところに洞窟があるのかと思う。洞窟だろうと湖だろうと、あっておかしなものではないが、妙なものが棲んでいるとなると話は別だ。話している二人組みは商人のようだが、広まっている噂なのだろうか。
こういった場合、真偽もだが、広がりの度合いも問題になる。領地で問題が起きたとなれば、その当主の問題となるからだ。今年で三十になるという若い当主は、そこのところをどう捉えているのだろう。
余裕があれば、帰りに覗くだけでも見て行こうか。
職務熱心だな、と心の片隅で自分に呟きながら、職務というよりも、あちこちを渡り歩いたり調べものをしたりといったことが、性分に合っているのだと、いつもの結論に落ち着く。
「なんでも、あそこの奥様が亡くなってからのことらしいぞ」
食事もあらかた終え、明日は半日ほど馬を走らせてドーター邸に到着するつもりでいたこともあり、そろそろ引き上げようかと思っていた矢先の、言葉だった。どうやら、商人二人に他の旅客が口を挟んだようだ。
「それまでは、石英が少し埋まってるくらいの、ただの洞窟だったのに、奥様が亡くなられてから、変なのが棲みついたんだとよ」
「そりゃあ…関係あるのか?」
「さあ、どうだかなあ。俺も聞いた話で、そう詳しくはない」
そこで話は立ち消えた。
だがエバンスは、そっと男を窺った。無骨な印象のある男で、手が酷く荒れている。剣士や魔導士ではなさそうだ。打ち切ったような会話に、まだ何か知っているのではないかと考える。
少し考えて、商人たちが興味を失ったのを見計らい、男の元へと席を移った。ここで身分がばれても、特別問題はないだろう。
「一緒していいかな」
「うん? ああ、別嬪の兄ちゃんだなあ。空いてるならかまわんぜ」
「それじゃあ。あ、追加を頼むよ」
一人分には大目のつまみと、酒を二杯頼む。持ってきたのは話していた美人の女性で、ウィンクを寄越した。
男に一杯をすすめると、形だけ恐縮して見せた。
「悪いなあ、気前のいい兄ちゃんだ」
「ただでとは言わないがね」
男が口をつけるのを待って、そう告げる。予め予想していたらしく、目だけで先を促した。
「グロックスの洞窟って、西の?」
「ああ。兄ちゃん、魔導士だな」
旅装とはいえ、魔導士特有のローブは常に身につけている。宮廷魔導士の印が縫いこまれているものも持ってはいるが、これは、荷物の底だ。
曖昧に肯くと、男はそれで納得したようだった。
「腕試しなら、他にあたった方がいいぞ。あそこに入って、無事に帰ってきた奴はないんだ」
「…死者が?」
「いや、それはいろいろだ。強い奴は無傷だったりするしな。ただ、どれもこれも、薄らぼんやりして使い物にならん」
男は、話し好きなのか気がいいのか、話をじらすだけでたかれそうだと考えるでもなく、薄気味悪そうに言葉を続ける。
つまみをすすめながら、エバンスは、適当に相槌を打っていった。
探検に入った子供が始めの犠牲者で、次は村人がばらばらに何人か、旅の剣士や魔導士も三人四人とやられ、そろそろギルドに斡旋を頼もうかと相談しているらしい。幸いにも死人は出ていないということだが、どれも、生きていて食べさせれば食事もするし眠りもするが、始終ぼうっとしているということだ。
もう一杯酒を奢ると男は相好を崩して礼を言い、宿に引き上げるエバンスににこにこと手を振った。立ち働いていた女が、夜の約束を期待するような視線を寄越すが、敢えて無視する。エバンスの酒は、手もつけずに置き去りになっている。
明日には、ドーターの当主と会う。
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