第一場


「ひと雨きそうだねー」

「おい、聞いてるのか、シュム!」

「はいはいはいはい」

 あからさまにやる気のない様子で、シュムは、威圧的に見下ろしてくるオレンジの髪に赤い瞳の男、カイに目も向けずに手を振った。

 勿論それで、納得するような相手ではない。

「お前なあ、真面目に聞けよ」

「あ、本当に降ってきた。急ごう」

 力技の話の変え方だが、降ってきたのも本当だ。

 シュムは、子供のものにしか見えない小さな掌をかざして雨を受けて確認すると、山道を小走りに駆け出した。連日の雨で土がぬかるみ草も湿って滑りやすいが、この程度なら、難なく走れる。街や村まで出るのは無理でも、洞窟か、大きな木の下でしのげると嬉しい。

 そんなことを考えながら、なにやら不満のようなものを呟きながらも、律儀についてくるカイを振り返る。

「小さくなる?」

 変幻自在――かどうかはともかく、今の状態と子狐のような姿は基本形らしく、さほど消耗もなく変われるらしい。それなら、面積が小さい方が、濡れずに済む。その程度の大きさなら、シュムのマントに収まることもできる。

「あ――何か音、聞こえないか」

「え?」

 予想外の言葉に、立ち止まり、耳を傾ける。まだ静かな雨音しか聞こえない。が、カイの可聴域はシュムとは比べ物にならない広さなのだから、それはそれでおかしくない。

「どんな音?」

「これは…馬、か? 馬が走ってる」

「こんなとこを?」

 信じないわけではないが、不思議ではある。今シュムたちが立っているのも、半ば獣道だ。草原なら道などなくても問題はないが、山となれば木が生い茂り、下手に馬を走らせれば事故の元だ。

「でも、そうだな。避けてた方がいいぞ、多分ここを通る」

「えー。避けろったって、狭いんだけど。まあ、そっちの木の下にでも避難してようか。少しは、雨もしのげない?」

「ここまできたら一緒だろ、もう。どうせ荷物は、防水布なんだし」

「風邪ひくよ」

「誰が」

「あのね」

 軽く睨みつけるが、それだけに留める。

 斜面に挟まれた小道で、本当に馬が向かっているとなれば、のんびりと話をしている場合ではない。並足ならまだしも、走っているならなおさらだ。

 それにしても、無茶なことをしている。

 下りは危ないということで、上りの斜面の木の根元に避難した。シュムは、一体どんな馬が来るのか、というよりもその騎手を見ようと、元々の進行先に視線を向けた。

 小雨が煙り、視界良好とはいかない。

「あ、来た。…あれ?」

 何かが妙だ。

 シュムは、近付いて来る人馬を凝視し、しっかりと視認できる位置まできて、騎手が、馬の背に体をぴたりと沿わせ、手綱を握ったまま気を失っていることに気付いた。妙だと感じたのは、悪路だというのに、騎手に動きが見られなかったためだろう。

 指示を出す者がいないのに、馬は、それまでの指示を守っているのか己の意思か、狭い道を疾走している。

「馬を止める。騎手を受け止めて」

「はぁ?!」

「行くよ」

 相棒の返事は待たずに、間近に来た馬に飛び移る。気を失いながらもしがみついている騎手を一度下敷きにして、走り続ける馬の首に抱きついたまま、器用に蹴落とす。

 バカヤロウ、という叫びが聞こえた気がするが、気にしない。というよりも、気にできない。

 馬は興奮のし過ぎで、いつ足を踏み外してもおかしくない。

 シュムは、馬上で体勢を整えると、手綱と挟みこんだ足、手綱から外して首筋に触れる右手と、全てを総動員して、なだめにかかった。しかしここで致命的なことに、乗馬は、苦手ではないが得意でもない。

「ええと、落ち着いて! って、何をどう言えば伝わるのー!」

 咄嗟に動いたとはいえ、半泣きだ。下手をしたら、長い寿命をまっとうせず、速やかに死に絶えそうだ。

「あっ!」

 この先は曲がってるんだ、と思い出したときには、遅かった。馬は宙に飛び出し、シュムも一緒に宙に浮いていた。

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