「にーさん、実は後悔してるだろ?」

 ケリー(とりあえず)は、自身がうんざりとしていることは見事に押しやって、隣の長身の男に声をかけた。

 男、ロナルド(これもとりあえず)は、不機嫌さを隠すこともなく、ケリーを睨みつけた。

「うるさい」

「やあ、まさか、こんなにごてごてと飾り付けることになるなんてさあ? パーティーが、男も着飾るもんだとは思わなかったや」

「少しは黙ってろ」

「でもまあ、あそこまではりきられちゃあ、無碍にもできねーし? 契約はパーティーに一緒に出るだけだから、断れないこともないけどさ?」

 今、エミリアは、二人分の服を仕立てるのにこもっている。街には仕立て屋もあるが、こんな田舎では、まずない。針子もいるが。主には己の腕一つだ。

 見せてもらったエミリアのドレスは見事なもので、腕は確かなようだった。だが、二人分ともなると、ざぞ大変だろう。

 ロナルドは、じっと、ケリーに赤い瞳を向けた。

「お前・・・」

「何?」

「いや、何でもない」

「なんだよー。そういうのは、一番気になるんだぜ? ぱっと潔く話してくれよ」

 ロナルドは渋ったが、何度か重ねて言うと、うんざりとしたように口を開いた。

 悪い奴じゃないよな、このにーさん。

 そう思うと、妙におかしかった。相手も己も、恐れられる「魔物」だというのに。

「食物からでもエネルギーは得られるだろう。なんでこんなことをやってるんだ」

「・・・・・・・・・やだな。何言ってんのさ、にーさん。確かに俺、人の血混じってるけどさ。こっちのがよっぽど楽だろ?」

 己が人と魔物の間に生まれたと、見抜いた者は多くいる。魔物からすると違いは歴然らしく、そうして、人でも多少能力のあるものは、別物と気付く。

 だが、人から命を奪うことを、何故と訊く者などなかった。

「言いたくないならいいけどな。誤魔化そうとするには年季が足りないぜ、ちびっこ」

 通常、魔物は見た目以上に年をとっている。ある程度育つと、外見の成長はひどく緩やかになるらしい。しかしケリーは見た通りの年齢で、そこまで見透かされているらしい。

 茶化すのではなく、嘲るのでもない、ごく自然な言葉。

 反則だと、ケリーは心の片隅で呟いた。

「俺・・・母親がいるんだ。俺のこと何回も殺そうとしたなんて言う、ひっどい親だよ。・・・でも、殺せなかったんだ、って」

 誰に話すつもりもなかったはずが、今、こうして話している。

 妙な気分だった。

「病弱だから。力を分けるくらいしか、できることはなくて」

「変わった奴だ」

「それを言うなら、にーさんもだろ? 魔物は押し並べて冷血冷酷。にーさんみたいなのにははじめて会ったぜ?」

「ふん」

 下手をすると、ケリーよりもよほど「人らしい」ロナルドは、面白くもなさそうに顔を背けた。それが逆に、興味を掻き立てた。

「そう言えば、にーさん、字まで読めるんだな」

「あ?」

「ヒトの文字。純粋なヒトでさえ、自分の名前がせいぜいかそれも無理ってのが多いのに」

「お前は?」

「俺も一応、読めるけどね。書く方は自信ないな。書をながめて覚えたようなもんだから」

 気付くと、自分の方に転じられていた。

 そのやり取りを楽しんでいることに気付いて、ケリーは軽く苦笑した。幼年時から、あるいは生れ落ちたときから、恐れや厭いをもって見られてきたのだ。かといって、魔物に受け入れられたわけでもない。もっとも、彼らは血縁者であっても情が薄いということだから、それはそれで当然なのかもしれない。裏もなく遊ぶような会話は、もしかするとはじめてかもしれない。

 ロナルドだって、情愛を示しているわけでもない。それでも、何でもない会話が楽しかった。

「じゃなくって、にーさんだよ。にーさんは、どこで覚えたのさ?」

「・・・友人の付き合いで、なんとなく」

「友人? 友達いるんだ? へえ、ますます変わってるなあ、にーさん」

 ロナルドはむっつりと黙り込んでしまったが、ケリーは、知らずに微笑していた。

 パーティーに付き合うだけで、二週間分。数日拘束されるにしても、この男やエミリアといればいいだけだ。楽な仕事だ。――ロナルドが止めなければもっと簡単だったのだが、まあそれは、会話が楽しいからそれで良しとしよう。

「なあ」

 いつの間にか立ち上がり、本棚とも呼べない本棚をながめやっていたロナルドが、ケリーの方を見もせずに声をかけた。

「おかしいと思わないか」

「何が?」

「たかだか、パーティーだろう? 行かないなり一人で行くなりすればいいじゃないか」

「女のプライドってやつじゃないの? ここらの人とろくに交流はないみたいだから、余計に見せ付けてやりたいと思ったとか?」

「そんなことに、命をかけるか? あの嬢ちゃんは無知だったが、馬鹿じゃない、と思う。それでも、契約を結んだ。しかも、両方と。片方で十分だったはずだろう。その上、俺たちに騙されないとも限らないのに、だ。何故だ?」

 そう言いながら、書を数冊、引き抜いてぱらぱらとめくる。何度も開いたのか、どれもぼろぼろだった。

 そうして、窓側の机の上に置かれた書に手を伸ばす。

「それに、兄はどこに行ったんだ? こんなものを置いて他に住むとも思えないが、ここで暮らしている感じもない」

「うーん、ちょっと考えすぎじゃない?」

「どうだろうな」

 ロナルド自身、本気で何かあると疑っているという感じではない。ただ、疑問を並べてみただけだろう。

 やがて、飽きたのか、視線を窓外へと転じた。遠くに見える高い建物が、ケリーらの行くパーティーが行われる城らしい。地方城主の一人娘の、生誕パーティーだということだった。

「ケリー、ロナルド、一度着てみてくれない?」

「はーい、っと」

 顔をのぞかせたエミリアに、軽く応じて立ち上がった。

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