「やった、成功だわ!」

 ぼろぼろの書を片手に、エミリアは快哉を叫んでいた。初めてにしては上出来に過ぎる。望んでいた「魔人」を二人も――二人?

 まじまじと、魔方陣の中に呼び出された二人を見つめる。

 一人は、短いオレンジの髪に赤い瞳の長身の男。恐そうだが、笑いかけられたりしたら、がらりと印象が変わるに違いないわと、決め込む。間違っていなかったと、後で知ることになる。

 もう一人は、金にも近い薄茶の髪を束ねた、深い緑の瞳の男。エミリアよりは背が高いが、もう一人よりはいくらか低い。こちらは笑みが耐えず、軽いゆえの親しみやすさがあった。

 どちらも、二十代中ほどに見える。

「どこが成功だ、小さい嬢ちゃん」

「失礼ね、私もう十六よ」

「十分小さいだろうが」

 苦虫を潰したような声に頬を膨らませ、目を逸らすと、もう一人と目が合って笑いかけられた。途端に、機嫌が戻る。

 エミリアは、にっこりと笑って、なんとはなしに手を後ろに回し、二人の前に立った。魔方陣の外には出られないのだから、恐れる必要はない。

「さあ、私に従って――きゃっ」

 突然、オレンジ髪の方に腕をつかまれ、声が漏れる。

 契約を交わすかこちらから触れない限り出てこられないはずなのに何故という思いと、恐怖とがこみ上げてきた。

「いやっ、放してっ」

「いいか、嬢ちゃん。二人も呼ぶつもりじゃなかったんだろう? そんな状態になったら、手に負えない事態になるのは必須だろう。このまま殺されても不思議じゃないんだぞ」

「っ・・・!」

「まあまあ、おにーさん。そのくらいでいいんじゃない? ほら、こんなに怯えちゃって。良かったねー、呼び出したのが俺みたいなので。次からは気をつけなよ?」

 にこにこと笑うそれにつられてか、男は、エミリアの手を放した。

 代わって、思わず座り込んだエミリアに目線を合わせ、緑の瞳が覗き込んできた。

「で、何をさせたかったのさ?」

「・・・・・・お城で、パーティーが、あるの。その、パートナーに・・・」

 溜息が聞こえ、エミリアは、泣きそうになって顔を俯かせた。

「ああ、なんだそれくらい。お安い御用で。はい、ここに名前を書いて」

「え。あ。は、はい――」

「待て」

 わけもわからずにサインしようとした皮紙が、上に引き上げられる。オレンジ髪の男がつまみ上げたのだ。男はそれを眺めやって、深々と溜息をつくと、かがんでいた男を引っ張って、部屋の隅に行ってしまった。

 一人残されたエミリアは、ぽかんと、そんな二人を目で追う。

 何かを小声で言い合い、戻ってくると、二人とも不満そうだった。

 そうして再び、皮紙が突き出される。今度は二枚だ。

「それぞれ、お前の寿命を二週間分ずつもらう。それでいいなら、名を書け」

「え」

 併せて、四週間、命が縮まる。

 しかしエミリアは、そのひやりとする恐怖を振り払い、肯いた。先程渡されていた羽ペンを握りしめる。滅多に手に取らないそれで、ぎこちなく名前を書いた。

 頭の上で、溜息が落とされた。

「嬢ちゃん、師に就いて正式に学ぶ気がないなら、二度とこんなものに手を出すな」

「・・・どうして?」

「契約書の内容を確かめずに契約するなんて、ただの自殺行為だ。実際、はじめにこいつが出したのは、あんたの残りの命を全てをもらうってやつだった」

「別に・・・いいわよ・・・・・・それでも」

「あんたの願い事を叶えることもなく、だぞ」

「っ!?」

 思わず、二人を睨みつける。

 男は何故か、うんざりとしたように二枚の皮紙をひらひらと振った。

「ちなみにこれも、嬢ちゃんの願いを叶えるとは書いてない」

「なっ・・・!」

 青ざめたエミリアの顔を眺めやって、男は、皮紙を掴んだまま、手を振り下ろした。手妻かのように、二枚が燃え、炭くずになる。

「但し、俺たちの名が入ってないから無効だ」

 熱い灰が舞い散る中で、男は、哀れむような眼差しを向けた。

 その後方で、もう一人が肩をすくめている。

「にーさん、そのくらいにしといたら? この子もわかっただろーしさ? 俺は、ちゃんと報酬もらえたらどうでもいいし?」

「それは、嬢ちゃん次第だな。俺たちの字も読めないんじゃ、どんなことを書いてもわからないだろう。それでも、乗るか?」

 どうしようもなく、恐かった。

 だが、だからといって諦めるのも、どうしようもなく厭だった。

 エミリアは、今現在、一人で暮らしている。先年までは、兄がいた。両親らは早くになくなったため、十年以上も、血縁は兄だけだった。魔道士に弟子入りし、ようやく戻ってきた兄は、しかし、無知な村人に受け入れられることはなく、どころか、忌まれた。死んでさえ、疎まれている。

 もっと早くに、村を出るべきだった。生まれ育った土地だからと、愛着など持つべきではなかった。

 そんな兄の妹を、パーティーのパートナーに誘う者などいない。だが、惨めさに押しつぶされるくらいなら、昂然と、死を選びたかった。

「信じるわ。そこまで忠告して、騙すなんて、しないでしょう? ――いえ。それならそれで、構わないわ」

 赤い瞳がエミリアを真っ直ぐに見つめ、ふっと、微笑した。途端に、柔らかな空気になった。

「いいだろう。ただし、契約を結ぶかどうかは、詳しい話を聞いてからだ」

「わかったわ。私は、エミリア。あなたたちは、何と呼べばいいの?」

「そうだな――ロナルド、とでも」

 兄と同じ名だ。エミリアが身を強張らせると、オレンジ頭の男は、首を傾げた。

「その書に書かれているものを取っただけだ。厭なら、変える」

「・・・いえ。いいわ」

「じゃあ俺は、ケリー。よろしくな、エミリア」

 そういう笑顔には、親しみがこもっていた。不意にエミリアは、泣きそうになってしまった。

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