「お師さま。こんなところにいらっしゃったんですか」
「うん? 風に当たりたくてな。久々に人の多いところに出て、少し疲れた」
さらりと言う師の隣に、ミハイルはちょこんと腰を下ろした。窓から顔を出すようにして寄りかかる師とは逆に、壁に背を預ける。控え室の一つの、個室だ。
青年にも壮年にも、場合によっては老人にも見えるミハイルの魔術の師は、おやと、少し首を傾げたようだった。長い銀髪が、それに応じてかすかな音を立てる。
「パーティーは楽しまないのか? 年に一度の、新年の賀だろう」
「僕も人当たりです」
「そうか」
てっきり、あと少しで城を出るのだから名残を惜しめとでも言われるかと思っていた。師が城に来て、しばらくは城内で教えてもらっていたが、それも、昨年限りのことだ。明々後日には城を出る。
予想外の反応に、ささくれ立っていた気持ちが、いくらか収まった。師の言葉はいつもそうで、何気なくミハイルの気持ちを支えてくれる。
王位を捨てて魔導士に弟子入りしたミハイルを、それまで友人と思っていた貴族の子弟たちは軽蔑したように笑いからかい、大人たちでさえ、微笑の向こうにさげすみが感じられる。
馬鹿な奴だ。これまで取り入って、無駄なことをした。
そんな声が聞こえてきそうで、ミハイルは、広間を逃げてきたのだ。そんな感情を向けてこない、叔父か師を探して、城内を彷徨っていたのだ。家族でもよかったのだが、国王一家は、お飾りとは言え主賓で、ほぼ広間に留まっている。
「お師さま」
「ん?」
「僕は、魔導士になれますか?」
「なるために弟子入りしたんじゃないのか? 何度も何度も、しつこいくらい使者を寄越して」
「あ、その話、聞きました。居留守を使ってやり過ごしてたのに、熱心な使者が入り口の前で眠り込んで、朝に届けられるミルクを受け取ろうとして、ドアを開けたら思い切り打ち付けちゃったんですよね。その義理で、城まで来てくれたんで・・・」
笑い話として聞いたそれは、師が、渋々とやってきたことも示している。今更ながらそれに気付いて、ミハイルは言葉を失った。
師は、叔父が手配してくれた魔導士だ。腕は確かにも関わらず、たった一人弟子をとったきり、もう何年も隠遁生活を送っていた。それが、応じてくれたのは王家の権威があっての出来事。ミハイルの功績ではない。
ミハイルは、泣きそうになって俯いた。
生まれてからこれまで、当たり前のようにして、父の、王家の威光を後ろに置いてきた。自分の手で掴み取ったものは、ないとも言えるかも知れない。そこから出て、これからをやっていくつもりでいる。しかし、それは可能だろうか。出始めから、それらにすがっているというのに。
ぽんと、頭に手が置かれた。
「素質はある。あとは、やる気と根気だ。魔導士は才能が全てだ、なんて馬鹿なことを言う奴もいるが、あれは、ある程度の素地さえあれば、向き不向きはあるが、後は技術と知識の問題だ。――あの馬鹿は、そこをさぼったどうしようもない奴だが」
思わず顔を上げて、師の白い顔を見つめていた。目線は窓の外にあり、照れているのかどうかさえつかめない。
訊きたいことは沢山あるはずなのに、言葉が見つからない。
「――新年早々に」
「え?」
呟かれた言葉の意味を取り損ね、ただただ横顔を見つめていると、師は、身を翻して扉に向かった。扉を開けたところで、ミハイルを振り返る。
「ここに――いや、来い。実地に丁度いい」
「え。あ――はい!」
そう言った師のかおは、やけに活き活きとしていた。そして、本人は既に走り去ってしまっている。
ミハイルは、慌てて後を追った。礼装の白い上着が、ばたばたと音を立てた。
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