迷子


 目の前に、青空が広がっていた。木々が、風に揺らめく。

「戻ってきたのか」

「だねえ。魔方陣も使え――」

「試すな」

 仰向けになったままのシュムの額を、そう言ってはたく。胸に白猫を抱えた少女は、むうと、唇を尖らせた。

「痛い。馬鹿力」

「お前が馬鹿なこと言うからだろうが」

「はは。カイが、お父さんみたいだ」

 地味に落ち込む言葉だが、あえて無視しておこう。

「で、それがやったのか?」

 白い猫は、シュムに寄り添うようにして抱えられている。言ったことが解ったのか、猫は、一声鳴いて、カイを見た。

「まずは紹介しようか。師匠と出会って、隣の国のシルヴィア姫に引き取られて、北の国に行った、あたしのお仲間。こっちは、あたしの友達。ラティス師範の弟子でもあるんだよ」

 猫を抱えたまま器用に、体を起こす。白猫を持ち上げようかとしたのだが、服に爪を絡ませ、放そうとはしなかった。

「仲間、って?」

「特異体質。幻術は、副産物らしいよ。師範も、やたらとそういうのに縁のある人だったよねえ。あたしにこのコに師匠に、あと二、三人知ってたんじゃなかったかな」

 いや変な人だったよね師範、と、しみじみと言う。否定できないところだ。

「シルヴィア姫は、去年、亡くなったんだ」

 ぽつりと、呟くように。

 気味が悪いほどに長寿の猫を、引き取りたいと申し出たのは、姫の方だった。白猫とともにふらふらと旅をしていた途上での、偶然の邂逅だったらしい。 

 そのとき、シュムは既に独り立ちし、その時点ではまだ王家とのつながりのないまま、各地を放浪していた。そのため、帰地と定めたファウスの家に立ち寄り、ラティスや白猫と合ったのは、数度のことだ。カイは、地元へと戻っている。

 猫は、一声もなく、シュムが喋るに任せていた。

「しかしそれで、何故あんな幻を?」

「師範を懐かしんでかな、と思ったけど。この剣に、匂いくらいついてそうだしね。違ったかな?」

 返事が、一声。

 そうして白猫は、シュムに頬ずりし、カイの足元に体をこすり付け、もう一声鳴き、背を向けた。

 すぐに、白いちいさな体は、緑の中に消えて行った。

「あたしの格好は、きっと、シルヴィア姫のものだったんだと思うよ」

「だから、お前が捕まえないと、って言ったのか」

「そう。それに、姫らしく振舞った方がいいのかな、って」

「シュムじゃあ、役者不足だろうな」

「お姫様が柄じゃないのは、わかってるよ。あんなドレス、好き好んで着る人の気が知れない」

 似合ってはいたのだが、心底思っているようだから、言ったところで、厭な顔をされるのだろう。何とはなしに、岩に寝転んだ。

 青い空が、高い。

 目をつぶると、それだけで軽く眠気に襲われる。幻術に飲み込まれるのは、消耗が激しい。しかしこれから、山を降り、どこか集落を探して――

「地図」

「うん?」

「それで地図はどうなるんだ、結局? あいつが盗んだっていうのか?」

「あー・・・あー。あはは」

 やはり、迷ったには違いなかったらしい。

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