迷子


 そうやって始まった猫探しは、簡単ではなかったが、ましではあった。

 範囲が限られていたのだ。

 大広間と、それに付随する部屋。つまりはこの建物内のみで、窓の外には何もなく、窓外の尖塔にも、たどり着くことはできない。世界は、閉じられている。

 もっとも、そうは言っても、この建物内だけで十分に広い。猫の一匹、何処にでも隠れられる。人が多い分、厄介ではあった。

 手分けして探す、というもっともな案を出したのだが、残念そうに首を振られてしまった。

「あたしが捕まえないと意味がないんだよ。カイは、補助をお願い」  

「ちゃんと、筋は読めてるんだな?」

「の、つもりでいるよ。読み違えてたらごめん」

「殊勝ぶっても、何も出ないぞ」

「うるさいな」

 より多くのところを見て回るために小走りで駆けながら、シュムは、時々人に声をかけ、「私の猫を見かけていない?」などと訊いている。どれも、見ていないというだけの返事で、興味を示すこともなく、無駄だと思うが、止めようとはしない。

 ついでに、動きにくそうに見えて仕方がなく、どこかで服を着替えるかと訊いたのだが、断られる。

「これも、必要な演出なんだよね」

 というのが返答だ。

 それなら、そうなのだろう。

「俺の格好も?」

「それはおまけ。場面を壊さないように」

 あっさりと告げられ、ああそうですかいと、口の中でだけ呟く。

 西の端の小部屋を改め、出ようとしたときに、出口の近くを、白いものが横切った。白い、毛の長い猫だと、瞬時捉えただけの映像を読み取る。

「シュム」

 肯いて時間を無駄にすることもなく、シュムは走り出した。一緒に追いかけようとして、方向を転じて広間を突っ切る。そうすれば、間に合いさえすれば、挟み撃ちにできるはずだった。

 建物の中を歩き回っただけあって、配置は掴んでいる。

 人形のように大人しい人たちは、踊る中を走りぬけるカイを、少しだけ見つめ、すぐに、何もなかったかのように笑い興じる。人形のようだった。

 閉じられた世界で、空ろに笑いさざめく、着飾った人々。ぞっとしない。

 そんなことを思いながらも体は走り、間に合った。白い猫が、シュムとカイの間にいる。

「おい、捕まえるんだろ。早くしろよ」

「うん。本当のシルヴィア姫じゃないし、ファウス師範でもないから、名前は呼べないよ。ごめん」

 そう呼びかけて、シュムは、そっと手を延ばした。白い猫は、じいっとシュムを見上げ、自ら腕に飛び込むかのように、そこに収まった。

 迷子の猫は、見つけ出されたのだ。

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