迷子


「なあ、シュム」

「何?」

「ここはどこだ?」

 必要最低限の荷しか入れていないリュックを背負った少女は、にこりと笑んで、空を見上げた。木々に遮られ、青空は望めない。

「城から歩いて四日のところ」

「いや、それは訊かなくても判る」

 城下町からずっと、一緒に歩いてきたのだ。判らないはずがない。

 しかしシュムは、にっこりと笑顔を返した。

「だって、地名言ってもわからないでしょ?」

 それは確かに、この世界とは違った世界で生まれ育ったカイが、そんなものを聞いたところで、ただ頷くしかできないだろう。嘘をつかれたところで、気付きようもない。しかし、東西南北なり、とりあえずの目的地までの距離なり、他に言いようはあるはずだ。

 仮面のようにきっちりとつくられた笑顔も怪しい。

「シュム、正直に言え。迷ったんだろ」

「どうして?」

「意地を張ったところで、迷子の解決にはならないんだぞ。わかってるか?」

「うん、そうだね。だったら、正直に言おうか。磁石が狂ってる」

 はいと、見せられた方位磁石は、ありふれた簡素なものだった。小さな針が、勝手に回転している。

「まあ、どこか村に出たら後はどうにかなるって」

「切り株や、太陽の位置で判るだろ?」

 方位を知る道具のない状況で野山に放り出される、というのは、武術を教わった人に、シュム共々何度かされている。そこで学んだ事実だ。

 しかしシュムは、腕を組んだ。 

「ところが、それじゃあ解決しないんだよねえ。地図が見当たらない」

「おーい」

「昨日まではあったはずなんだけどなあ。この山に入って、確認しようとしたらなくなってた」

「落としたんだろ」

「・・・まあ、そういうことでもいいけど」

「妙な負け惜しみを言うな」

 そんな会話をしながらも、二人はざかざかと草木を分け入って歩いていた。山中とあって、さまざまな獣の声が聞こえる。先ほどまでカイは、シュムが先導しているものと思っていたが、こうなってはただの彷徨だ。

 それなら、掻き分ける手間が省けるだけ、自分が先に立とうかと声をかけた。丁度そのときに、開けた場所に出た。 

 一枚の大きな岩があるため、草木がそこだけは生えることができず、空が見られる。今までうっそうと緑の茂った中にいただけに、知らずに感嘆するような息が漏れていた。

「とりあえず、休憩」

「だな」

 二人が座っても、まだ広々としている。寝転がっても十分な余裕がある。小さな掘っ立て小屋の一軒くらい、建てられそうな広さだ。

 何気なく、シュムは荷物を置いて仰向けに寝転び、カイも、岩に腰掛けて上を見上げた。

 山に入って以来、拝めなかった空が広がっている。嘘くさいほどに青い。

「久しぶりだね、カイとこうやってるの」

「は?」

「師範に色々教わってたときは、よくあったから。訓練だって言って山に放り出されて、途方に暮れて空見上げてるとか、むちゃくちゃに打ちのめされて、並んで仰向けになってるとか」

「ああ、それか」

 二人の武術の師は、ファウスという名の男だった。シュムの魔導の師の双子の兄で、癖のある人物だが、腕は確かだった。カイも、ファウスからは多くのものを学んだ。おかげでカイは、「魔物」の中では一番、己の体の使い方を知っているかもしれない。

 体術を学んだ者は、彼らの中には少ないだろう。

「とりあえず人里に降りる、ってことでいい?」

「それ以外に方法があるのか?」

「地図を返してもらう、とか」

「はあ? 盗られたのか?」

「多分――」

 そこでぷつりと、意識が途切れた。

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