第三部


「ちっ」

 直に触れるとまずいというのは、一度接触して判った。触れた手が、引き込まれるようにして、それの体に沈みかけて、慌てて体ごと手を引き抜いた。

 同族喰らいにも、様々な種類がある。

 肉を喰らうもの、体の一部のみを喰うもの、能力だけを吸い出すもの、水分や、血液を抜き取るもの。ただ、殺すもの。それぞれの方法で、獲物の能力を身につける。

 それの元が、どんな方法を採っていたのかは知らないが、少なくともこれは、体に丸ごと取り込むようだった。体全てが、胃のようなものだ。

 こういったものは燃やせばいいのだが、生憎と、ジャックに扱えるのは、氷や冷気に類するものだ。小屋に火をつけたとしても、空気は湿り気を帯びており、また、その程度の火力では、これは、平然と動くだろう。

「大人しく、氷漬けで眠っていればいいものを!」

 伸ばされた手や、ぶつけようとする体は、とりあえず氷の盾で防ぐが、熱を造り出せるようで、長くは保たない。氷の刃で傷を付けても、驚くほどの修復力で治ってしまう。

 その上、長く逃げていると、それは生き物でなくても吸収するのか、床が溶け、そうしてできた穴に足を取られそうにもなる。 

 とりあえず、その場しのぎに凍らせては溶かされる、ということを繰り返していた。

「・・・馬鹿馬鹿しい」

 あの忠犬を笑えないなこれは、と呟いて、皮肉な笑みがこぼれる。

 こんな鼬ごっこは、どちらかの力が尽きて終わるに違いない。その場合、分が悪いのは、この数日で数十人を取り込んだそれではなく、ジャックの方だろう。

 動きは鈍いのだから、逃げることはできるだろう。しかし――逃げおおせた、だろうか。

「偉そうに仇と言っておきながら、逃げるのか?」

 これで十何度目下の氷漬けにして、膝に手を添える。体力の問題ではなく、あと数回で限界が来るだろう。そして、取り込まれる。はずだった。

「出ろ!」

 聞こえた声に、目を見張る。しかし、それを予想していた自分にも気付く。

 魔物を人のように扱う男が、そんなところでシュムに似たあの男が、あのまま放置しているはずもないと、思っていた。

「村人は逃せたのか?」

「いいから、出ろ」

 エバンスは、むすっとして、不本意極まりないというかおをしている。

 しかし、ジャックから少し距離を置いて立つ氷の固まりが、湯気を立てて溶けているのに気付くと、顔色が変わる。急いで、その側に駆け寄った。

「何を・・・」

 正気かと、ジャックが口を開く前に呪文の詠唱が始まり、ここで結界を張る気なのだと気付く。それならと、いくらか厚い氷を、更に張り付ける。

 それに気付いて、エバンスは目線で礼を言った。

 ジャックは、エバンスが魔物を懼れているのを知っていた。だからこそ知ろうとしたのだし、自分に対して緊張もしていた。それなのに、恐れからではなく、扱いは人と変えない。妙なところで律儀だと思った。

 不意に、エバンスは床を強く踏んだ。

「っ?!」

 それのせいでか、溶けたように所々消失していた床は、耐えきれず、それとエバンスの立っているあたりが落ちた。

「大丈夫か?」

 自分まで落ちないように、慎重に体重をかけて覗き込むと、エバンスは上手く着地したようだったが、少し首を傾げて、見上げている目とかち合った。

「・・・上るのか?」

 地面と床とを見比べる様子にそう訊くと、こくりと頷く。相変わらず、呪文は詠唱したままだ。落下中に一瞬途切れただけなのだから、物凄い。

 小さな地下の保管庫にあたってしまったらしく、ちょっとした落とし穴にはまった状態だ。肩をすくめて、ジャックはそれの氷を再び強化すると、天辺を平らにしたそれと床に足をかけて、エバンスの服を掴んで引き上げる。

 近くではまた床を踏み抜く恐れがあったので、少し離れたあたりに投げる。着地は、上手くできたようだった。

 そして、ジャックが氷に置いた足を戻している間に、穴の淵にきて、薄くなってきた氷の上に、掌をかざす。

「――何人たりとも、たち入るを許さず」

 言葉を終えるのと同時に、見えない壁が、地下の壁に沿って造られる。

 溜息をつくと、エバンスは膝を腹って立ち上がった。

「ありがとう、助かった」

 正面からの礼にジャックは戸惑ったが、エバンスは、既に歩き出してしまっている。一瞬迷って、後を追う。

「あれでいいのか?」

「今は、あれしかできない。そのうちに、方法を探すかあの人に頼んで、どうにかする。それよりも、姿は、もう無理なのか?」

「姿?」

「元に戻っている。今から村人に会うから、変えるのが負担になるなら、森に入っていてくれ」

 言われて、姿を変える分まで、術にあてていたのだと気付く。そのくらいの余力はあると言いかけたが、やめて、一旦エバンスとは別れることにした。

 とりあえずは、この騒動はこれで終わりなのだろう。

 - 一覧 - 迷子
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送