「ちっ」
直に触れるとまずいというのは、一度接触して判った。触れた手が、引き込まれるようにして、それの体に沈みかけて、慌てて体ごと手を引き抜いた。
同族喰らいにも、様々な種類がある。
肉を喰らうもの、体の一部のみを喰うもの、能力だけを吸い出すもの、水分や、血液を抜き取るもの。ただ、殺すもの。それぞれの方法で、獲物の能力を身につける。
それの元が、どんな方法を採っていたのかは知らないが、少なくともこれは、体に丸ごと取り込むようだった。体全てが、胃のようなものだ。
こういったものは燃やせばいいのだが、生憎と、ジャックに扱えるのは、氷や冷気に類するものだ。小屋に火をつけたとしても、空気は湿り気を帯びており、また、その程度の火力では、これは、平然と動くだろう。
「大人しく、氷漬けで眠っていればいいものを!」
伸ばされた手や、ぶつけようとする体は、とりあえず氷の盾で防ぐが、熱を造り出せるようで、長くは保たない。氷の刃で傷を付けても、驚くほどの修復力で治ってしまう。
その上、長く逃げていると、それは生き物でなくても吸収するのか、床が溶け、そうしてできた穴に足を取られそうにもなる。
とりあえず、その場しのぎに凍らせては溶かされる、ということを繰り返していた。
「・・・馬鹿馬鹿しい」
あの忠犬を笑えないなこれは、と呟いて、皮肉な笑みがこぼれる。
こんな鼬ごっこは、どちらかの力が尽きて終わるに違いない。その場合、分が悪いのは、この数日で数十人を取り込んだそれではなく、ジャックの方だろう。
動きは鈍いのだから、逃げることはできるだろう。しかし――逃げおおせた、だろうか。
「偉そうに仇と言っておきながら、逃げるのか?」
これで十何度目下の氷漬けにして、膝に手を添える。体力の問題ではなく、あと数回で限界が来るだろう。そして、取り込まれる。はずだった。
「出ろ!」
聞こえた声に、目を見張る。しかし、それを予想していた自分にも気付く。
魔物を人のように扱う男が、そんなところでシュムに似たあの男が、あのまま放置しているはずもないと、思っていた。
「村人は逃せたのか?」
「いいから、出ろ」
エバンスは、むすっとして、不本意極まりないというかおをしている。
しかし、ジャックから少し距離を置いて立つ氷の固まりが、湯気を立てて溶けているのに気付くと、顔色が変わる。急いで、その側に駆け寄った。
「何を・・・」
正気かと、ジャックが口を開く前に呪文の詠唱が始まり、ここで結界を張る気なのだと気付く。それならと、いくらか厚い氷を、更に張り付ける。
それに気付いて、エバンスは目線で礼を言った。
ジャックは、エバンスが魔物を懼れているのを知っていた。だからこそ知ろうとしたのだし、自分に対して緊張もしていた。それなのに、恐れからではなく、扱いは人と変えない。妙なところで律儀だと思った。
不意に、エバンスは床を強く踏んだ。
「っ?!」
それのせいでか、溶けたように所々消失していた床は、耐えきれず、それとエバンスの立っているあたりが落ちた。
「大丈夫か?」
自分まで落ちないように、慎重に体重をかけて覗き込むと、エバンスは上手く着地したようだったが、少し首を傾げて、見上げている目とかち合った。
「・・・上るのか?」
地面と床とを見比べる様子にそう訊くと、こくりと頷く。相変わらず、呪文は詠唱したままだ。落下中に一瞬途切れただけなのだから、物凄い。
小さな地下の保管庫にあたってしまったらしく、ちょっとした落とし穴にはまった状態だ。肩をすくめて、ジャックはそれの氷を再び強化すると、天辺を平らにしたそれと床に足をかけて、エバンスの服を掴んで引き上げる。
近くではまた床を踏み抜く恐れがあったので、少し離れたあたりに投げる。着地は、上手くできたようだった。
そして、ジャックが氷に置いた足を戻している間に、穴の淵にきて、薄くなってきた氷の上に、掌をかざす。
「――何人たりとも、たち入るを許さず」
言葉を終えるのと同時に、見えない壁が、地下の壁に沿って造られる。
溜息をつくと、エバンスは膝を腹って立ち上がった。
「ありがとう、助かった」
正面からの礼にジャックは戸惑ったが、エバンスは、既に歩き出してしまっている。一瞬迷って、後を追う。
「あれでいいのか?」
「今は、あれしかできない。そのうちに、方法を探すかあの人に頼んで、どうにかする。それよりも、姿は、もう無理なのか?」
「姿?」
「元に戻っている。今から村人に会うから、変えるのが負担になるなら、森に入っていてくれ」
言われて、姿を変える分まで、術にあてていたのだと気付く。そのくらいの余力はあると言いかけたが、やめて、一旦エバンスとは別れることにした。
とりあえずは、この騒動はこれで終わりなのだろう。
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