第三部


 祠は、村のほぼ真ん中にあるようだった。

 その入り口は西向きに造られた大きなものが一つだけで、窓もない。どこでも見掛けるような造りのそれは、この国ではありふれたものだ。

 本来祠に扉はないものだが、逃げ込んだ人々が中の棚でもあてがったのか、入り口は閉じられている。

 入り口の前にいるのが、同族喰らいの腕に取り込まれた者かどうかは措いて、この村にほとんど人がいない状態の原因だろう。格好は、どこにでもいる農民に見える。

 それが振り返ったのは、やはり、ジャックの気配のせいなのだろう。エバンスは、息を殺して緩慢に目の前を通っていくそれを見た。

 目はうつろで、おそらくは、何も映していない。

 映していないのに、ジャックの動きを追うように動くそれが、恐ろしかった。

「あれが」

 そっと呟いて、術を掛けた蔦を握る。聞かれる恐れがあっても声に出したのは、そうしないと、恐かったからだ。正直、あれと正面から立ち向かうことがなくなって助かったと思った。

 あれは、ジャックに任せることになった。

 エバンスが村人を逃がし、ジャックがあれに対峙する。そう決めたが、エバンスは、決めた通りにするつもりはなかった。要は、村人を結界内に取り込まなければいいのだ。

 ジャックが誘導して、空き家に入っていくのを確認して、エバンスは、そっと祠に近付いた。

 閉じられた入り口を、軽く叩く。中で、人が動く気配がした。

「聞いて下さい。ここは、このまま閉じておくように。しばらく出ないで。ここで何が起きたかは――多分、わかっていると思います。あれをなんとかします。いいですね、出ないように」

 もう一度、人が動く気配がして、恐る恐る、声が聞こえた。

「あんたは・・・何だ」

「魔導士です。依頼を受けて来ました」

「・・・依頼?」

「はい。あれをどうにかするように言われています。しばらくの間、この中にいて下さい」

「どうにか・・・?」

 それまでは低く押さえていた声が、急に激昂した。撒き散らされた言葉の断片を、今は聞かないようにして、静かに深呼吸をする。

 お前の仕業か。何故もっと早く来なかった。

 矛盾する言葉も、無理はない。悲劇に責任を求める感情は解る。けれど今は、それにかかずらってはいられない。

「後で、好きなだけ罵ればいい。だが今は、死にたくなければそこにいてください」

 そう言う前に、祠の中から、声はしなくなっていた。激昂した男を、他の者が止めたのだろう。

 ――それなら、聞こえただろう。

 応急の扉に守りの印を描いて、背を向けた。祠の前から、ジャックが行ったはずの家まで、焦げたような、溶けたような跡が続いていた。 

「なんだかちょっと、予想外の展開になっちゃってるみたいね?」

 声に振り向くと、いつの間にか、そこに人がいた。フードのついたローブを羽織り、長い髪はそのまま垂らしている。吊り気味の目は、水色をしていた。

「こんな田舎に、魔導士を送ってくる物好きがいるとは思わなかったのに。しかも、こんなに早く。言いなさい、依頼主は誰?」

 赤い唇は、笑うように端が上がっている。背は、エバンスよりも少しだけ低い程度。声は、錆びたように甘い。

 特徴は、合致した。

「そちらにも答えてもらおう。お前が、ガルヴォア・ハーネットを唆したな?」

「あらまあ。そうすると、あなたがシュム・リーディスト・・・女と聞いていたけれど。そんな成りをして、実は女なのかしら?」

「僕をあの人と間違えるとは、よほどのもの知らずのようだな」

 厄介なことになったと思う反面、ここでこの女を捕らえれば、とりあえず問題は一つ片付くとも思う。どのみち、ギルドを通して見つけ出すつもりではいたのだ。

「ああ。それじゃあ、宮廷魔導士のエバンス・リードね。ふうん、もやしみたいなのかと思ったけど。案外、いい感じね?」

 女の、あからさまに「男」を見る目に、エバンスは厭なかおをした。

 エバンスに興味を持っている城の女たちよりも直接のそれは、娼婦に似ているが、商売でもないだけにねっとりとしている。肉感的な魅力はある女だが、この状況だけに、厭わしい。

「あたしと組むつもりはない? あれには脳はないし、上手く使えば、大儲けできるわよ?」 

「断わる」

「どうして? 王宮魔導士なんて、馬鹿馬鹿しいじゃない。仕事ばかり多くて、権威だの何だの言って、くだらない仕事ばかり。ギルドだってそうよ。大した実力もない奴が中心でのうのうとのさばって。そんなの、うんざり」

 吐き捨てるように言う女に、エバンスは溜息をついた。

「何よ?」

「口を鍛える前に、腕を磨いた方が賢明だったな。俺と組みたいなら、せめて、同等の能力を示すことだ。――話にならない」

 蔦で、魔力ごと足を封じた女の手を後ろ手に縛り上げ、エバンスは、振り返ることもなく空き家に向かった。

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