第三部


「手伝うつもりもないなら、宿に残っていろ」

 半ば頼み込むような気分で、エバンスはそう言っていた。

 二日ほどかけて、馬を潰さないよう休みながら走らせ、その馬は隣村の宿屋――正確には、宿を借りた家で休ませてもらっている。そこから歩いて数時間。二人は今、報告のあった村の付近にいた。

 直接役人のいるところまで行ってもいいのだが、最悪の場合、村人が全くいないということも考えられる。その場合、大いに警戒しなければならない対象と、真正面から遭遇してしまう危険がある。

 だからエバンスは、まずは遠くから様子を窺う方法を選んだ。その途中での、言葉だった。

「無駄に危険になるだけだ」

「僕には、危険などない」

「俺の気が散るんだ、近くに部外者がいられると」

「未熟なだけだろう」

 つい、声をあらげそうになってしまった自分を、どうにか押さえる。

 もう日は高いというのに、村に人の気配はない。最悪の状態、村人が全ていなくなっているのか、どこかに隠れているのか。そして、その原因はどこにいるのか。

 ここで騒いで、いいことなど一つもない。

「ああ、未熟だ。それが判っているから、こうやって言っているんだろう。他人まで気にかける余裕は、俺にはない」

「自分の身は自分で守る」

 そのくらいのことは、はじめから判っている。自分よりもずっと、この男の方が強いことくらい。

 そしてそれでも、安否を気にしてしまうほどに自分が弱いことも。

「好きにしろ」

 呟くように言い置いて、目に付いた家に近づく。なるべく他から見えない位置から、そっと中を窺う。中には誰もいる様子はなく、しかし、古びた感じもない。

「向こうも空だ。今更だけれど、やはりシュムと合流した方が良かったんじゃないか? あの番犬がまだいれば、気配が判ったはずだ」

「気配?」

「一度接触した同族なら、少しくらいなら、離れていても判る。生憎と、僕は意識を失っていたから判らない。それでも、奇妙な気配があることくらいは判る。あたりかはずれかはともかく、妙なものは、まだこの村にいるようだ」

「・・・人の気配は、判るか?」

「大まかになら。向こうに集まっている」

 ジャックの指し示した先を、少しばかり身を乗り出して見ると、祠があるようだった。避難場所としては、理に適っている。

 何故もっと早く言わなかったという言葉は、感覚が違うのだから言ったところで無駄だろう。

「ありがとう、助かった」

「どこへ行く?」

 行きかけた肩を掴まれて、エバンスは顔をしかめた。

「避難している人を逃がして、この村に結界を張る」

「無理だ、もうばれている。祠の前に奴がいる。僕も、下手に近づくと気付かれる」

「お前は来なくていい」

「しかし、結界を張るならここでもいいだろう?」

「いや。術の発動地から、同心円上に広がる。今ここで発動させれば、祠も結界に入ってしまう」

 そうすると、村人が出られなくなる。

 成功するとの確信もないが、見捨てられない以上、努力はするべきだろう。エバンスは、封印の呪文を記憶の中から引っぱり出した。それを変形させて、足止めに使えないかと考える。

 術を変形させて使うことだけは、今のところエバンスに敵う者はない。

 手近なところにあった蔦を掴み取り、低く呪文を唱え、蔦に絡ませていく。術を固定させて、形を持たせることが有利に働くかどうかは怪しいところだが、変形させた呪文を、咄嗟に正確に唱えられる自信もない。

「残るついでに、城かあの人にでも連絡を取ってもらえると助かる」

「誰が、残ると言った?」

 驚いて、ジャックを見る。そこには、うっすらと笑みが貼り付いていた。薄く、冷酷とも形容できるだろう笑みだ。

「僕も随分な目に遭わされた。報復の機会は、今を逃せばないだろうな」

 それが目的かと、エバンスは溜息をついた。それならそうと、はじめに言っていれば納得したものを。苦々しく思いながらも、その方がやりやすいかと、改めて祠を見遣った。

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