第二部


 夕刻――と言っても、陽が沈みきって暗くなるには、まだ間のある時刻。エバンスは、旅装で城を出た。その隣には、仮にジャックと呼ぶことになった男が並ぶ。

「ところで、どこへ行くんだ?」

「着けば判る」

 どうにも機嫌の悪いエバンスは、至極当たり前のことを言って、むっつりと口を閉ざす。ジャックは、軽く肩をすくめた。

「シュムのところへ行くのかい? それとも――」

「戻って、城に残っていろ。あの人たちと合流することはまずない」

 エバンスは、ぎろりとジャックを睨み付け、出たばかりの城門を示した。それを受けて、ジャックが呆れたようなかおをした。

「シュムに会いたくないかと言われれば、それは会いたいけどね。何も、それが目的でついてきたわけじゃない。ただ、あの変な国王がそう言っていたから、合流するのかと――」

「聴いていたのかお前」

 再び、ジャックの言葉が終わるのを待たずに遮ると、襟首を締め上げていた。しかしジャックは、苦しがるでもなく、少し眉をひそめて抗弁した。

「シュムの番犬程ではないにしても、耳がいいんだよ。聴いたわけではなく、聞こえただけだ」

 シュムの番犬、と言われ、あの男――カイのことかと、思い至る。

 そこでようやく、エバンスは我に返った。はっとして、ジャックから手を離す。

 この「男」は、人とは別物なのだ。今は、目立つ髪の色も瞳の色も変えて人のように見えるが、断じてそうではない。旅行きが不安だからといって、そんなことに目くじらを立てても意味がないはずだ。

「――悪い」

 どうにか押し出した言葉に、ジャックはただ皮肉めいた笑みを返した。そして、先に歩き出す。つられて、エバンスも再び歩を進める。

「どこに行くかは、訊かない方がいいのかい?」

 穏やかな声に、エバンスは苦い息をはいた。雰囲気が変わったようでやりにくい。これでは、自分の方がわがままを言っているようだ。

「今日は、城下町の酒場に泊まる。ここから、一日ほどの距離だ」

「急がなくてもいいのか?」

「情報を集めて、後は――馬には乗れるのか?」

 大事なことを訊き忘れていたと、エバンスは再度自省する。それは、はじめに確認していなければならないことだったはずだ。そんなことも見落としていた自分が、いやになるほど情けない。

 目的地までは、馬に乗る。その馬は、城下町の北門に、明日の明朝には用意されている。そこにも、一頭追加してもらうよう伝令を飛ばしていなければいけなかった。――その前に、ジャックが馬に乗れなければ意味がないのだが。

「馬自体は知っているな?」

「ああ。知っているし、乗れる」

「本当か?」

「一度、息子の代わりという役をさせられてね。騎馬やら剣技やら、貴族の子弟がやりそうなことは、一通り仕込まれた」

 唖然として、思わず足を止めてしまう。

「それは――」

 訊きかけて、口を閉じる。今、何を言おうとしたのか。どんな契約だったのかと、訊いてどうなるというのか。

「それならいい。しかしそうなると、馬の手配が・・・」

 束の間迷って、決める。

「先に、『馬馬車』という酒場に行ってくれ。大きなところだから、判るだろう。俺もすぐに行く」

「どこへ行く?」

「馬を、一頭しか頼んでいない。すぐに用意してくれるだろうが、さすがにその場でとなると、時間を取られるし迷惑をかける」

 そう言って、エバンスは返事も待たずに足を早めた。このまま走るか、とさえ思った。一度立ち止まると、そのまま止まってしまいそうで厭だった。

 北門の厩舎に、ジャックが――先ほど置き去ったジャックではなく、知人が、そこにいるとは限らない。城下町の四方の門に配置した厩舎の馬丁となったことは知っているが、そのうちのどこにいるかまでは知らない。

 ジャックとは、友人だった。友人と、思っていた。

「おっ、兄ちゃん、どうだい。旅の前に一杯、やってかないか?」

「ねえお兄さん、困ってるんだけどちょっと助けてくれない?」

 夜に向けて、客を呼ぶ声がかかる。

 エバンスはそれらを無視して、ただ急いだ。そういったものにも、もう慣れた。それは旅慣れたからだが、この町に限っては、「冒険」の成果だ。お忍びで城を抜けて、城下町を歩き回る。そんな冒険は誰もがやることで、ジェイムスも、エバンスも、そうやって外の世界を知っていった。

 兄はそこで妻を見つけ出し、自分は――

「友達ごっこは、できたな」

 身分を明かしても、王弟と知っても、態度を変えない者には、結局出会えなかったけれど。

 結局、北門まで、エバンスはほとんど走ったようなものだった。   

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