夜闇の中を、司はのんびりと歩いていた。

 長い髪の鬘をかぶり、ミニのプリーツ・スカートにセーラーカラーの上着。自分で結ぶ式のスカーフは紺色で、制服の生地は黒。その上から、フードのついた黒のカーディガン。膝まである靴下も黒い。

 田舎道を歩きながら、轢かれても文句を言いにくい格好だなと、剣呑なことを考える。

 隣には、当然のように諒がいた。こちらは、ジーンズにカッターシャツの組み合わせに、青いスカジャン。しゃれた格好では全くないが、司としてはこちらの方が好みだ。

「ついて来なくていいのに」

「単独行動禁止っつったろ。大体、お前その格好、やり合うのも考えてるだろ。補佐を置いて行くな阿呆」

 制服姿は、正装。

 もっとも司が夜に纏うのは通う学校のものではなく、諒が何処からともなく調達してくる代物だ。一度しか着ず、だが必ず汚すわけでもないため、適当に組み合わせを変えたりはしているので、実在しない「制服」が何組もある。

 入学式の遅刻の原因となった「日本刀を持った美少女」――つまりは狩人としての司の情報を集めたサイトでも、そのことには触れていた。制服で身元を探れないかとの推察を重ねているのだが、種類の多い制服に惑わされ、学生ではないかもしれないとの考察も出てきていた。

 つまりはそれが目的だ。

 また一方で、司としては、妖の血はほとんどの人に見えないことが多いとはいえ、それをたっぷりと浴びた服は処分するしかなく、私服を処分したくないというせせこましい事情もある。制服なら、スカートさえ我慢すれば諒持ちだ。

「ただの用心」

「だーから、そんなもんが必要なところに一人で行くなっての。立場ないだろ」

「ごめん。うっかり、諒の存在意義を忘れそうになる」

「司さん、正直にお願いします。俺のこと嫌い?」

「ゴキブリと比べたら軍配上げるけど?」

「どっちの側にだよ…」

 にっこりと笑顔で微笑むと、諒は唸り声を上げた。

 月明かりがあるとはいえ満月ではなく、住宅地からは少し距離があるため、街燈もない。それでも諒は明瞭に見えているらしく、便利だなと司は少しうらやましくなる。

 目指すのは、南方町立公民館。名前の通り、東雲市の南にある町の中で、公民館は更に南端にある。司がこの調子で歩いていけば、一時間以上かかるだろう。司が暮らすのは、市の東だ。

 勿論そんなつもりはなく、待ち合わせている。

 今は当然ながら閉まっている小さな郵便局の前に、車が一台止まっていた。車に一切興味のない司には、銀色でトラックやワゴンではないということくらいしかわからない。

 運転席を確認すると、司は躊躇なく、助手席のドアに手をかけた。

「ごめん、太郎さん。お手数おかけします」

「気にするな。ところで、そいつも行くのか」

 冷淡とさえ言えそうな口調で、勝手に後部座席に乗り込む諒を冷ややかに見つめる。太郎は相変わらず安物のスーツを着ているが、心持ち、くたびれているように見えなくもない。ばらばら殺人事件は、犠牲者を三人に増やしながらも解決していないのだ。

 ふん、と、諒は偉そうに腕組みをした。太郎は、そんな姿をバックミラーで一瞥する。

 滑らかなクラッチ操作で、車は走り出した。

「司、こいつに頼むくらいなら俺がバイク出したのに」

「バイクだけ貸してくれるならね」

「はい?」

「あれだと、せいぜい二人乗りでしょ。太郎さんに話聞く必要があるんだから、諒とで定員超えるなら意味がない」

「…なんか俺、気のせいかこの間から役に立たんとか意味ないとかばっか言われてるような」

「事実じゃないか」

 ばっさりとした言葉は運転手からのものだったが、いきり立って反論しようとした諒を無視して、太郎は車のライトに照らされる夜道を見据えたまま司に話を振った。

「とりあえず、公民館だな? あとは、それぞれの遺体遺棄現場を回ればいいのか?」

 ばらばら殺人が行われたのは遺体の発見現場だとほぼ断定されているが、慎重なのか、太郎は犯行現場とは言わなかった。

 一番目が南方町立公民館裏、二番目が被害者の自宅であるアパートの二階、三番目は東雲市街のちっぽけな歓楽街の飲み屋の裏口だ。それらは、新聞でも派手に伝えられている。

「うん。あ、でもまだ捜査員がわんさかいる?」

「公民館とアパートは、見張りが二人ほどいる程度だ。そのくらいならなんとかできるだろう、補佐」

「できますとも、巡査長サマ」

「お店は?」

「遠目で我慢してくれ」

「けっ、つっかえねー」

「自分が?」

 振り返りもせず司が言うと、諒はむっつりと黙り込んだ。諒が口を閉じると、途端に車内が静かになる。

 車は、市街を抜けずに公民館に向かうようだった。

 東雲市は大まかに、ほぼ中心にJRの駅を軸とした市街地があり、南側に工業地域、その他には田園と山が広がる。おそらく、一番にぎやかなのは市街で、一番人が多いのは南側だろう。

「被害者たちは、同じ高校に在籍していた」

 平坦な道をほぼ一定の速度で走らせながら、太郎が淡々と口を開く。

 石に乗り上げたのか、少し車体が揺れた。

「どこの?」

「東雲北高校。三人とも、卒業後は東京の大学に行き、戻ってきていた」

「へえ、珍しいね? そのまま向こうに残らなかったんだ」

 この辺りも、激しくとまでは言わないが過疎気味だ。北高はこの辺り一番の進学校だが、その分大学で市を出てしまうと、まず若いうちは戻ってこない。一番、出て行ってしまう率の高い高校とも言えるかもしれない。

 その風潮にも拘らず珍しいと、司は首を傾げた。

「それが進学の条件だったらしいからな」

「だからって、子どもじゃないんだし、残ろうと思えば残れたのに? 向こうの生活に嫌気が差してたとか?」

「さあな。周囲の話では、真面目で良い子だったらしいが。教師やクラスメイトの印象にはあまり残っていない。部活もやってなかったようだな。親の言いつけをよく守っていたらしい」

「あららら」

 窮屈そう、と呟いた司は、うーん、と言って腕組みをした。

「高校のときから、仲がよかったの?」

「そうでもないらしいんだが…なにしろ、はっきりと覚えている奴が少ないからな。同級生には、ここを出てるのも多いし、戻ってきたのがつい最近だから、最近関わった者も多くない」

「戻ってきてからは、三人は付き合いがあったの?」

「調べた限りは、全く。もっとも、三番目、荻元健二が見つかったのは昨日だからあてにならないが」

「てことは、高校のときに何かあったんだよね、多分。四年前か」

 何気なく言ってから、それが司自身の岐路に当たる時期と重なることに気付く。祖母がなくなり、御守を受け継ぎ、要が出て行った。

 全て、おおよそ四年前のことだ。

 そう言えば、今日見舞いに行った可南子の事件も、四年前のはずだ。

 被害者たちの確執がその年にあったとは限らないが、色々あった年だなと思った後で、何もない年なんてないかと苦笑する。

 そもそも、可南子の事件と司の引継ぎは繋がっているのだから、時期が重なるのは当然と言えば当然だ。

「野犬の疑いがあるんだったよな」

 ひょいと、諒の声が上がる。太郎がミラー越しに一瞥した。

「ああ。食べられていないところがおかしいが、刃物で切ったような跡でもないからな。保健所と警官が協力して市内を回っているだろう」

「野犬と、狼や山犬の噛み口と、判断はつくか?」

「実は、その疑いも出ている。だが、今のところは冗談で終わりだ。狼の血を引いた野犬、というのが一番有力なところだ」

「司。覚えてるか、あいつの引退理由」

 身を乗り出すでもなく、ミラー越しに諒が司を見つめる。

 暗闇にうずもれる風景に目を逸らし、司は呟くように返した。

「…偶然だよ」

「源弦一郎か?」

「ああ」

 あの時は、一般的には、高校生が野犬に襲われたという事件で終わった。関係のない野犬が狩り込まれてしまったが、危害を加えた山犬は、それ以上の被害は出さなかった。

 だから、太郎が源の名を知っているのは、当然のように警察側からではなく、妖としてのものだ。

 ゆるやかに減速し、車が止まった。ヘッドライトに、妙に真新しい建物が浮かび上がる。

「襲われる奴の予想がついていたな?」

 シートベルトを外し、座席のシート越しに体ごと向ける。強く、太郎の視線が諒を射抜いた。

 一瞬凍りついた司の脳裏を、颯の声がよぎった。

 ――兄様は彼女を助けることよりも、山犬が誰を狙うかを特定する方を優先した

 仮定に仮定を重ねる。

 もし、今回の件に源が関わっているならば。もし、それが四年前の復讐ならば。もし、諒が四年前本当に犯人たち――復讐される者たちを知っていたならば。

「何故そう思う?」

「知られていないとでも思ったのか。源を追い詰めたのはお前だろう」

「過大評価されたって困る」

「江川可南子が襲われる前にあいつらは山犬を殺し、一人が襲われていた。既にお前たちは、調査を始めていたはずだ。だがお前は、江川可南子を見殺しにしても犯人たちを追う山犬を追う方を優先させた」

「間に合わなかっただけだ。それとも何か、俺だったら短期間で何もかも突き止められたって高評価してくれるのか? 期待に添えなくて悪いが、的外れだ」

 ぱん、と、乾いた音がした。

 二対の眼を向けられ、司はにっこりと微笑む。司であれば何も判らない濃い闇の中だが、二人には見えただろう。

 胸元で掌が合わせられているのは、それを打ち鳴らしたからだ。

「太郎さん」

「…なんだ」

「推測を勝手に断定して、責め立てない。諒」

「はい?」

「無闇矢鱈と人の神経を逆立てない。嘘はついてない?」

「…ああ」

「司。信じるのか」

 剣呑な太郎の声に、司は、笑みを返した。

「諒を信じなくて、誰を信じたらいいっていうの? 一人で狩人やれって?」

「だが、こいつは…危険だ」

「そうだとしても、補佐は諒なんだからさ。裏切られたらそのとき、仕方ない」

「自暴自棄になるな」

「なってないよ? まだ死にたくないし。ただ、諒が裏切るなら、土台からそこまでだったってだけの話」

 司が本心を言ってのけると、車内は静まり返った。

 狭い空間だけに三人のうちの二人、それも体格のいいのに揃って黙り込まれると圧迫感があり、司は頭を掻いた。

「諒、犯人の見当はついてた?」

「どの、だ」

 らしからぬ慎重な受け答えに目を見張り、司は、まずいことを言ったかもしれないなと頭の片隅で唸った。少しばかり早まった真似をしたかもしれない、と思うが、気にしないでおこうと思い流す。

「山犬を殺した方。言い方を変えれば、今回の被害者候補?」

「それって結局、俺を疑ってるんじゃないのか」

 ぎらりと、獣の目が月光を反射する。だが声は静かで、逆にそれが凄味を帯びている。運転席で、太郎が構えたのが判った。

 司は、溜息を落とす。

「そう思うならそれでもいいけど。もし知ってるなら、次に狙われるのはその中で生き残ってる人、かも知れないわけでしょ? 皆片付いた後かもしれないけど」

「思うならそれでもいいってどういう意味だ」

「だーかーらー」

 ああもう面倒くさい、と、司は肩を落とした。その一方で、案外気に病んでいたのかと、少しばかり諒を見直す。

「山犬の件が片付いた後でも、その前でも可南子さんには間に合わなくても、わかってたってことはあるでしょ。そのつもりで訊いたけど、そうじゃなくて全部知ってたのにみすみす加奈子さんを巻き込んだんじゃないかって思いながら訊いたと思ってても、それはそれで構わない。まあ、嬉しかないけど。疑って信じられなくなって裏切るなら、どうぞ? 悪いけど、人の心情まで思いやれるほど余裕ないんだ、色々と。そのくらい知ってると思ってた」

 再び、車内に沈黙が満ちる。

「知らないならいい。太郎さん、遺体の状態とか教えてくれる?」

 シートベルトを外し、ドアに手をかける。開けると、しっとりとやわらかな春の夜風が入り込んできた。

 司は、それに目を細め、先日引退を手助けした狩人とその補佐を思い浮かべていた。彼らは、狩人の役目には関係なく繋がっている。その契約がどんなものかはわからないが、あのときの様子であれば、互いを思いあっているだろう。

 羨ましくないと言い切ると嘘になりそうだが、それを望むのはいきすぎだと、司は思う。それでなくても司は、色々と恵まれていて――本当は、全て投げ出したいと思ってしまうくらいに、恵まれているのだから。

 車を出て両手足を伸ばすと、まだ散りきっていない桜が一枚、ひらりと漂ってきた。

「司」

 馴染んだ声に視線を向けると、どこかぎこちなく諒が立っていた。まるではじめて化けた子狐のようで、何か微笑を誘うものがある。あるいは、怒られる自覚のある小学生が教師の前に立ったときか。

 聞こえたドアの開閉音は太郎だと思い込んでいた司が見ると、太郎は太郎で、反対側の運転席近くに立っている。そのどちらの表情も、人でしかない司には闇に隠されて見えない。

 何、と声にはせずに首を傾げた。

「――あと一人、残ってる」

「名前か、今住んでるところはわかる?」

「ああ。南工で、教師をしてるらしい」

 学校の関係で顔を見たのだという。そこから気になり、住所も押さえているという。市の北側、山の裾野だ。実家に戻っているらしい。

「太郎さん、もうちょっと付き合ってもらっていい?」

「いや、仕事に戻る」

「えー?」

 予想外の応えに、不満で、というのではなく単純に驚いて、司はまじまじと太郎を見詰めた。もっとも、いくら目を凝らしたところで、月を背負われては到底、見極めることは叶わない。

 だが、肩をすくめたのは判った。

「諒、運転できるな」

「あ、ああ?」

 ばさりと、音を立てて太郎の背に羽根が広がる。言葉で表現すればさほど違いはないだろうのに一向に天使めいて見えないそれは、物理や生物学の法則には反し、容易く、軽くはない太郎の体を浮かせた。

「貸してやる、署の駐車場に返しておけ。司」

「はい?」

 いいな凄いなと見上げた司は、太郎にじっと見つめられ、何事かと続きを待つ。が、なかなか言葉が出てこない。

 長々と空いた間に、ばさばさと太郎の羽ばたきが聞こえる。

「…何かあれば、いつでも呼べ」

「え? うん、ありがと」

 首を傾げながらの司の礼に、太郎は苦笑をこぼし、きっぱりと背を向けて飛び去って行った。

 ぼんやりと見えないなりに見送っていると、ぼそりと声がした。

「おい…あれは、狐火どころの騒ぎじゃないだろ…」

「…まあ、暗いから。満月でもないし、いいんじゃない?」

 言っている間にも、司の目にはどの辺りを飛んでいるのかが怪しくなってくる。闇夜の烏ならぬ、闇夜の天狗。これが昔話にあるような白い山伏姿ならもっと目立っただろうが、黒のスーツだからそれもない。

「なんっかお前、あいつには甘いよなー。いくら母親が知り合いだったからって、この差はなんだよ」

「え? 太郎さんに甘いって言うか、諒に冷たいだけじゃない?」

「…いや、だからさ、ほんと、どう思われてるわけ俺…?」

「それより、急いで急いで」

 司が助手席に乗り込むと、諒も、回り込んで運転席に移る。車は久々だなー、しかもミッションかよ、と呟きながらも、発進は太郎ほどではなくても滑らかだ。

 どこへ、とも言っていないが、おそらくは一人残った教師の元へと向かっているのだろう。

 夜道に目を凝らしていた司は、珍しく黙り込んだ諒を盗み見た。バイクとは勝手の違う車の運転に戸惑っている、というわけではなさそうだ。

「なあ、司」

「何?」

「頼むから、俺をあまり信用しないでくれ」

 闇色に沈んだ諒の声。

 司は咄嗟に、笑い飛ばすべきなのかと迷って、まじまじと諒の横顔を見詰めていた。闇の中に、輪郭が辛うじて浮かび上がる。

「前に、どうして補佐をしてるのかって訊いただろう。笑うような話だけど、昔、友人がいたんだ」

 淡々と、諒は言葉を口にのせる。

 昔。記録を残すことに執心しない彼らにとって、それがどのくらい以前かははっきりとはしないという。ただ少なくとも、人と狐の間に生まれた諒が人として生きることを諦め、狐と狐の子の颯が生まれる前のことだという。

 貧しい少年と親しくなり、しばらくして、貧困から妹を売らねばならないかもしれなくなった少年に、諒は、よく知らずに狩人の任につくことを勧めた。そうすれば貧困に困ることはないと、単純に考えた。

 そのとき諒は、補佐ではなかった。

 少年が狩人となってからも諒と少年の親交は続き、やがては諒と少年の妹も知り合い、それぞれに淡い思いも抱いていた。

 だがある日、諒は悲劇の場に立ち会うことになる。

「そのとき相手にしてたのは、当時は滅多にない、始末するべき奴だったらしい。騙されて、あいつは。妹に手をかけた。…俺、馬鹿なんだ。咄嗟に、あいつを責めた。自分のやったことに気付いたあいつは、血まみれの静を抱きしめて、俺に責められて、でも涙も見せなかった」

 そしてそのまま、自らの体に御守の刃を沈めた。そのときの御守は、短刀だった。

 主をなくし、御守は少年の体から抜け出た。形を持たないそれは、光の液体とでも呼びたくなる代物だ。通常、主のない御守は、次の主が現れるまでは、山の神に預けることになっている。しかし、予定外に御守を放棄したときに山の神がいないこともあり、その場合、一旦、補佐が身の内に預かり、届ける。

 しかしそのときの補佐は少年を止めようとして深手を負い、無傷でその場に居合わせた諒が、代理の役目を務めることになった。

 そのときは、わからなかったと言う。

「御守なんて、言ってみれば力の塊だ。ちゃんと手順を踏んで主になるのも大変だっただろ。それを、無理矢理押さえつけるんだ。無茶苦茶で、何がなんだかわからなかった。気付けば俺は、山で寝てた。補佐をやってた奴が誘導して、御守も受け渡した後だった」

 そのときになってふと、囁くものがあった。

 御守は、力の塊。神殺しさえ可能にする、言わば、神をも凌ぐ力を持つ。それなら――その力を使いこなせれば、人を生き返らせることはできないだろうか。実際、治癒能力なら、開花させた狩人はいる。

「二人の体は、まだ、保管してある」

 話の最後をそう締め括り、諒はそれきり、口を閉じる。車は、既に目的地に到着していた。

 日本の田舎町の写真集に載るには新しく、かといって最近では定番となった洋風建築には思えない、古ぼけた一軒家。寝静まっているものの人の気配はするが、その中に被害者候補がいるのかどうかまでは判断がつかない。

 それを調べるべきだろうのに、司は、ひたひたと意味が滲みていく諒の独白に、身じろぎもできなかった。

 無理矢理に、深呼吸をする。

「――機会を、狙ってるわけだ」

「ああ」

「今までには、全くなかった?」

「あったけど、全敗中」

 意味がわからないと問い返そうとして、機会はあったが使いこなせなかったのかと、理解する。

 司はゆっくりと、目を閉じ、開いた。

「わかった」

「そうか」

「諒は思ってたよりずっと、いい奴だったんだ」

「…なんでそうなる?」

「そういうことでしょ。悪いけど、そんな話聞いて、信用するなって言われても無理だから」

「は?」

「言ったでしょ。補佐を信頼するのは、前提の話。そこがそもそも違うって言われたら、土砂崩れ必須のところに家建てたんだから大雨で流れたって仕方ない、ってだけのこと」

 言葉にしながら、司自身改めて納得する。そう、そういうことだ。

「つか、何年も経って、今頃罪悪感感じられてもさー。どうしようもないし、どうにもならないでしょ。それよりも、今はばらばら殺人。中、いるか確認してきて。いたら、とりあえず朝まで見張りよろしく」

「…俺が?」

「それ以外に誰がいるって? 後ろで寝てるから、がんばってー」

 早くもシートベルトを外した司は、スカートからスパッツがのぞくのも気にせず後部座席に移ると、ごろりと寝転がった。

「うん? 行って来てって。いなかったら、探しに行かないとだし」

「へいへい」

 諦めたように出て行く後ろ姿を見送って、司はゆっくと、まぶたを下ろした。

 諒が司の補佐という立場を利用しているというなら、司も、狩人の立場、それによって得られる数々の得点をあてにして、今に至っているのだ。信用するなというのは、むしろ、司から諒に投げ渡すべき言葉なのかもしれない。



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