九章

 湯浴 [ ゆあ ] みをして服装を整え、招聘 [ しょうへい ] を待って閣議場に向かった。識己 [ シキ ] の身体は、潦史 [ ラオシ ] 以外は触れられないよう厳重に封印を施しておく。呼ばれるのを待っていた間に書き上げた報告書は、学識 [ ガクシキ ] と、記録を管理する絽幣 [ リョヘイ ] に手渡した。これが、正式な報告となる。

「神剣により、誓言 [ セイゲン ] [ メイ ] を奪うことに成功致しました。つきましては、一切の警戒の解除を願います。同時に、異変種の妖処理のために私に与えられた一切の権限も、お返しいたします。人界の回復まで、他の者を [] てるよう願います。以後におきましては、議定通りに私にお任せ下さるとのこと、相違御座いませぬよう」

 そして、報告がそろそろ終了するかと思われたときになって、事後の始末が潦史に委ねられる点に非難の声が上げられた。その瞬間に、その場にいた潦史と親しいほぼ全ての者は、舌打ちを堪えた。

 冷ややかな潦史の視線が、居並ぶ面々に向けられる。

「危険が去った後でその前に決めたことを変えようだなんて、随分と恥知らずな行動だな? 手前はほとんど何の犠牲も出さずに、人を動かすだけ動かしておいて相応の権利も認めない。信用も契約もあったもんじゃねーな。俺は、世界やここのためにだったら動かなかった。そのときには、果たして誰が出ただろうな? 己の分も弁えずに、取り分だけ増やそうなんざ都合が良すぎる。よくもまあ、そこまで厚顔無恥になれたものだな」

 それだけの内容を、誰にも一言も挟ませずに一気にはっきりと、しかも、礼儀作法に則った完璧な言葉遣いで辛辣に言い切った後には、打ちのめされた顔が並ぶこととなった。呻き声さえも聞こえる。

 最後に、今回の一件で潦史が神位に上げられたことが告げられ、解散となった。

 部屋を出たところで、潦史は李天塔 [ リテントウ ] 新羅天 [ シンラテン ] に出喰わした。

「潦史。…これからどうするつもりだ」

「後始末を行います」

「なあ、潦史。一人でやるつもりか? いくらでも手を貸す奴はいるんだぞ?」

「いえ。将軍たちの手を煩わせるほどのことでは御座いません」

 どこまでも淡々と返す潦史に、李天塔は、苛立つように眉根を寄せた。潦史の空いている方の肩を掴んで、無理矢理目線を合わせる。

「そんな口を利くのは止めろと言ったはずだ」

「誰もいない場合のみと、申し上げたはずです」

 よそよそしく敬語を使うなと、以前に言われた潦史は、確かにそう応えた。しかし、厳密に二人きりというわけではなく、私的な場では、ほとんど敬語は使わなくなっていた。

 だが今は、違う。

「それでは、失礼致します」

 それ以上の言葉を待たず、潦史は背を見せて歩み去った。真っ直ぐに師の元へと向かう。議会に出ていたのに呑気に茶椀を抱えた天敬尊 [ テンケイソン ] に敬礼をし、許可を得て顔を上げる。

「今日までのご指導、深く感謝申し上げます」

「…そうか」

「失礼致します」

 やはり正式な一礼を残し、退室する。師との決別は、天界に呼び出されたときに決めていた。

 天敬尊には、多くの恩義がある。だが、麗春が病に [ かか ] った際に無断使用禁止の薬を持ち出したことの取り成しを、盾に取るように誓直子殺害命令時に天敬尊から出され、ここまでと決めた。師の立場もわかっているつもりだが、それでも、無理だと思った。

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