七章

 潦史 [ ラオシ ] は、青蘭 [ セイラン ] にいた。 [ ユイ ] の首都だ。

 あまり近寄りたくはないが、そうも言っていられなくなった。三人が青蘭に到着したのは、潦史が渋々行った天界から戻って半月ほどが経った頃のことだ。

 戻ったついでに [ サイ ] は天界に帰し、件の妖が出ると言って首都に向かった。

「足下に来たからって、やたらに刺客放ってんなー」

「それにしても、少し多すぎやしねえか?」

 宿の従業員に紛れていた刺客の一人を窓から放り出しながら、史明 [ シメイ ] が呆れたように言った。ヒラクは、食料の買い出しで不在だ。長期滞在の場合、調理場を借りて自炊した方が安くつく。食べ物の善し悪しの判断に優れたヒラクに仕入れさせるのは、適役なのだ。

「火がついたとでも思ってんじゃねーの? ほら俺、噂になってるし。勝手に英雄にされるのも遠くないよな」

 遠くないどころか、今の時点で既にそうなっているだろう。名乗っていないのに、こういったことは何故か伝わる。更に、大きな尾ひれが山ほど付くのだ。

 史明は、窓から落とした刺客が這々 [ ほうほう ] の体で逃げていくのを見送って、溜息をついた。

「しかしなあ。こんなこと、ばれたら評判落とすだけだろう?」

「そこまで考えてないか、考えたけどこれくらいしか浮かばなかったんじゃねーかな」

 あっさりと、言外に兄の無能ぶりを告げる潦史を、史明は複雑な思いで見た。潦史が権力闘争に手を出すことはないと知りながらも、こんな弟がいれば、浮き足立つのも当然だとも思える。見ていても、国の統治に向いていないとは言い切れず、そして、潦史に「何か」を見たくなるのも判るのだった。

 そんなものは、潦史に言わせればただの夢物語であり、現状への大小様々な不満にすぎない。しかし、潦史に言わせればの話だ。夢を見るのは、潦史ではない。

 現在、結は特に乱れているわけではない。建国からは百年近くが経ち、他国との交流は活発で、国内も安定している。皇帝が暴虐かよほどの暗愚にでもならない限りは、平穏を保てるだろう。叛乱の余地はないか、あってもすぐに制圧されるように見える。

 実際のところ、人々の多くは好んで潦史――李潦史のことを口にし、時には「あの人が王様になればいいのに」とも言うが、差し迫ってそう望んでいるわけではない。おとぎ話として、潦史が逆境に置かれているからそう言うのであって、そのための困難が我が身に降りかかれば、すぐに背を向けるのは判りきっている。

 しかし、それは市井 [ しせい ] の者たちのことで、宮権の徒となれば少しだけ話が変わってくる。

 現皇帝は、父にあまり構われなかったという思いから、先帝の功労者を冷遇している。一国の主としては稚気にすぎるが、本人もそうと判ってやっている節があるだけに、始末に負えない。

 そんな人物だけに、冷遇をかこつ者は多い。だから人々が苦々しさを吐き捨てるときに、先帝にかわいがられ、何かと善い噂の飛び込んでくる潦史が浮かんでくるのだ。

「とりあえず、とっとと片付けよーぜ。そうすりゃ、おさらばできるんだから」

 天界にあってさえ敵意にさらされ続けた少年は、そう言って薄く笑った。

 相棒――史明は、ヒラクと潦史の出会い方を知っても尚且つ、二人の関係をそう認識していた――は、こんな風に笑う潦史をどう思っているのか。一度訊いてみたいと思う。史明自身は、酷く居たたまれない気がするのだ。まだ子供とも呼べる年齢で、他者よりも多く、ものを見てしまってはいないだろうか。

 天界から戻ってからというもの、史明は一層、そんな印象を受ける。表面は以前と変わらないのだが、何か、ひどく思い詰めているような気がしてならない。そして、そう気付きながらも何もいえない自分に、苛立ちすら感じていた。

 そこに、のんびりとヒラクが入ってきた。両腕には、大量の荷物を抱えている。

「ただいま。果物が安かったから、沢山買ってきた。今食べるか?」 

「一個」

「史明は?」

「ああ…もらおう」

 三人で、林檎 [ りんご ] に似た名前を知らない果実を [ かじ ] る。それはひどく、のどかな光景だった。

「明日なんだけどさ。ヒラク、俺の妹に会いに行ってくれないか。史明には、まちに行ってほしい」

「はあ? 何だって?」

 訝しげな二人に、潦史は、淡々と今回の妖について説明した。

 一つには、憑依型なのか擬態型なのか判らないこと。結花 [ ユイカ ] の報せでは、気配だけは強いが、大まかにしか絞り込めない。そうなると、身近な者の違和感に頼るしかない。

 そしてもう一つの理由が、その大まかな絞り込み先というのが、皇宮内ということなのだった。上手くしないと、何か探っているという時点で、捕らえられかねない。

「俺は、宮廷に入って木や下働きから話を聞いてくる。頼んでいいか?」

 やや納得がいかない様子ながらも、最終的に、二人は承諾した。

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