六章

 空が白んでいる。焚火 [ たきび ] は、まだ燃えていた。

 焚火を挟んで座っていたヒラクと史明 [ シメイ ] は、結花 [ ユイカ ] とともに出現した潦史 [ ラオシ ] [ サイ ] に、安堵の表情を浮かべた。

 二人の姿がないのに気付いたのは、ヒラクだった。不意に目覚め、何故だろうと悩みかけた眼前に、蛇がいた。牙を剥いていたそれを反射的に叩き潰して、周りを見回した。焚火は消えかかっており、咄嗟に薪を加えたが、番をしているはずの潦史の姿がなかった。慌てて史明を見ると、その近くにいたはずの彩もいない。すぐに史明を叩き起こした。

 そうして、闇雲に探しに行こうとした二人の目の前に、結花が現れたのだった。簡単に事情を聞いた後は、じりじりと待っていた。

「…ってーことは、穴が消えたのはお前のせいか」

 ヒラクの要領を得ない説明に、史明が補足しての一連の出来事を聞くと、潦史はそう言ってじっとりとヒラクを睨み付けた。 

 頭のつぶれた黒い蛇の死骸をつまんで、結花に渡した。天界の誰かの飼っていた、界の間の「壁」を喰う特殊な蛇だ。死骸も色々と利用法があるので、人界に放置して置くわけにもいかない。

 謝る潦史に苦笑を返して、結花は帰って行った。

「…咄嗟に手は出るだろ!」

「まあなー。仕方ないよなあ。知らなかったんだから。仕方ないよなー、俺たちが下手したら帰れなくなってても」

 あからさまな嫌味に、ヒラクは拳を握りしめたが、潦史はその反応を楽しんで、あっさりといなした。

 そんなやりとりを苦笑して見ていた史明が、ふと視線を転じる。

「彩、眠いのか?」

「一晩起きてたみたいなもんだもんな。そろそろ明けるけど、少しでも寝とけよ」

 史明と潦史と二人揃って、むくれるヒラクを放置して、彩の顔を覗き込む。眠気のせいか、体が揺れている。だが、彩は首を振った。

「寝たら、夢に…なりそうで…俺、いていいんだって…やだ…」

「馬鹿だなあ」

 潦史は苦笑して、彩の小さな頭を、撫でるようにして軽く叩く。

「大丈夫だって、夢なんかじゃねーよ。俺が保証する。な?」

「…うん」

 もう一声かけようとしたときには、彩は早くも眼をつぶってしまっていた。力が抜けて重くなった体を、潦史がそっと膝にもたれかけさせる。潦史と史明は顔を合わせてなんとなく微笑して、ヒラクも目を和ませていた。

 そうして潦史は、蛇の説明から始めて、地界での一件を簡略に話した。誓直子 [ セイチョクシ ] のことをよく知らないヒラクは首を傾げていたが、その隣の史明は、真剣な表情で、陽に焼けた眉をひそめた。心なし、その顔が青ざめている。

「…俺に、聞かせてよかったのか?」

「ついて来るって決めたんだろ?」

 くすりと、潦史は笑った。 

「ある程度知らねーと、動けねーだろ。史明、あんたは荷物になりたいわけじゃねーんだろ? それに、これはそんなにはやばくない。そのうち、禁忌なんかじゃなくなるから」

「ってことは、今は禁忌ってことかよおい…」

 肩を落として、史明は呻いた。つくづく、ろくでもない奴についてきてしまったと思う。しかし、後悔はなかった。

 そんな史明を、潦史が覗き込む。

「納得、いった?」

「まあな」

 溜息をつく史明に、潦史は笑って見せた。

「ところでヒラク、お前、誓直子のこと知ってたっけ?」

「名前だけは、どこかで聞いたけど」

 本当に名前しか知らないらしいヒラクに、潦史と史明は手短に行状などを話した。

 ヒラクが、唸って首をひねる。

「そいつ、なんで死ななかったんだ? 地界って、死ねばそこで会えたんだろ?」

「自殺って概念自体がなかったんだろうと思う。それどころか、あの人の言ったことが当たってるなら、あの人を失って悲しいんだってことすら、気付いてなかっただろうな」

「それって――俺みたいだ」

 小さく、ヒラクは呟いた。潦史と史明は一瞬、表情に困った。

 今であれば、ヒラク自身、小屋に閉じこめられていたときに感情と呼べるようなものがなかったと判っている。快や不快といった区別はあったはずだが、ごく単純なものでしかなかった。振り返るとそれは、淋しく哀しかった。

「今はそうじゃないだろ」

 こちらも呟くように言い、それまでの呟きを無視するように、潦史は言葉を継いだ。

「直子は一度死んだんだ。締歌 [ テイカ ] に妖を引き入れて、その引き入れた報酬代わりかのように、惨状を見届けた後に体を投げ出してる。――ああ、これが自殺だったのかもな。でもその魂は、あまりに人々に畏れられ、力を持ちすぎていて神になってしまった」

 これには、史明も怪訝な顔をした。そんな二人に、潦史は皮肉めいた笑みを向けた。

「神ってのは二種類いる。一つは、彩みたいな自然発生の、生まれながらの神。これは、知識を始めからある程度持っていて、その大本になるもの――星神なら星、太陽神なら太陽っていったものがなくならない限り、基本的には死ぬことはない。死んでも、全く同じではないにしても、何度でもよみがえる。もう一つは、人間。こっちは、多くの人に知られていて、何らかの力を持っている者が、半ば強制的に押し上げられる。ついでにいうなら、仙人は一応は人のままだし、さっきいた結花なんかは、大本のない未成熟な天然神みたいなもんかな。だから神ってのは、なりたくてなるもんでもなれるもんでもないんだ。――そろそろ、朝だな」

 今や真っ青に染まった空を見上げて、潦史は言った。 

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