七章

 翌日、潦史 [ ラオシ ] は下女に仮装して城内に忍び込んだ。

 傍仕えや食事係となれば別だが、回廊の掃除や庭の手入れをする最下層ともなれば、完全に把握されているわけではない。それぞれの [ おさ ] に会えば気付かれるかも知が、それも、誤魔化そうと思えば無理ではない。

 この場合、一番問題になるのは李潦史であることをばれないようにすることだ。知られると、何かと厄介になる。下手をすれば、そのまま地界行きだ。

 着古された裾の短い衣を身にまとって髪を布でくるむと、潦史は庭や外回廊を歩いた。何かを探すような素振りをし、あるいは泥や埃を払うようにして、身分のある者が通りかかったときには平伏する。そうすれば、怪しまれることはなかった。大胆にも、同じくらいの立場の者たちと会話もした。

「おい、お前」

「…はい。御用でございましょうか」

 迂闊にも、周囲に注意していなかった。

 木に話を聞くという、その一事に集中していたせいだった。植物との会話は苦手なのだ。全般的な植物神の臨斎君 [ リンサイクン ] の名を出して、どうにか会話を成り立たせているところだった。

 背後から声をかけられ、潦史は、一瞬跳ね上がった鼓動をなだめすかして、努めてしおらしく振り返った。直視すると非礼になるので、相手が身分のある者であってもいいように顔を伏せる。俯いても見える着物の様子から、そこそこの身分と判断する。

「顔を上げろ」

「ですが…」

 まだ若い声だ。

「いいから上げろ」

 野卑な口調に、減点、と心中で呟く。震える演技まで見せて、おずおずと顔を上げると、手が伸びて一気に上向かされた。怯えたように振る舞いながら、しまりのない顔だと判じる。

「やはりな。悪くない顔をしている」

「…は?」

「来い」

「ですが…」

「構わん。いいか、俺はすぐにでもお前をクビにできるんだぞ」

 乱暴に腕を掴まれながら、こんな相手に演技までする必要はなかったかと、半ば呆れながら思った。どうにも、事態は喜劇の様相を呈してきたようだった。

「どこででもさかるんじゃねーよ」

 吐き捨てるように呟いた潦史が、悠然と元の場所に戻ったのは、それからすぐのことだった。男は、納屋の裏で気絶している。もっとも、今日一日は常人に姿が見えないように術をかけたので、目が覚めていても一向に構わなかった。

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