七章
町中をふらふらと歩いていた史明は、久々に一人で喧噪に包まれ、気分が高揚しているのを感じた。
考えてみれば、史明は一人でいたときの方が長いのだ。幼年時から自活を強いられ、梨花と出会うまでに誰かの傘下に入ったりもしたが、そこでも、つるむよりは遊軍的な位置にあることが多かった。治工らをまとめる立場になって以後も、その傾向は変わらず、ふらりと現われてはふらりと消える頭だった。
こうして歩いていると、あの二人と行動を共にしているのが嘘のようだった。
「あっ」
柄にもなくぼんやりとしていた史明は、小走りに駆けてきた女と正面からぶつかった。
女の方が小柄だったこともあり、胸に頭突きを喰らった形になったが、転倒を免れた上で、倒れかかってきた娘を抱き留めたのは上出来の部類に入るだろう。女が脇に抱えていた野菜も、ほとんど落ちずにすんだようだった。
「ごめんなさいっ」
「…慌てるとまたぶつかるぞ」
かごからわずかにこぼれ落ちた葉菜を拾おうともせず、慌てて駆け去ってしまった。まとめ上げられた長いつやのある髪と、一瞬だけ視線の合った意志の強い瞳が印象的だった。二十歳を幾つか超えたところだろうか。
軽く肩をすくめて目線を当初の進行方向に戻した史明は、目の前に立つ巨漢に眉をひそめた。史明よりは頭二つ分は縦に長く、横には三倍くらい広いだろうか。長く伸ばした髪を編んでいるが、潦史のような優美さはなく、無骨な荒縄のようだった。
右に避けると右にずれ、左にずれると左に避ける。確かこんな、害のない妖がいたなと、史明は心中呟いた。
「すまないが、通してくれないか」
細い道でならまだしも、こんな広い通りだと間抜けに聞こえるなと思いながらも、史明はただ面倒臭そうに言った。
しかし予想通りに、巨漢は史明に合わせて横に動く。道を行く人々は、努めて二人を見ないように、遠巻きに行き交っているようだった。あと半刻もこうしていれば、この通りに人はいなくなるかも知れないと、馬鹿なことを考える。
「おい、通してくれよ。いいか? 俺はこっちに行く。あんたはそっち。――おい、何のつもりだ?」
事情の判っていない素振りでやり過ごそうとしたが、巨漢は無言で、前に立ちふさがる。史明は、男を軽く睨み付けた。
「何のつもりだ? 言いたいことがあるならはっきり言ってくれよ、荒縄頭」
「女から受け取った物を出せ」
「はあ?」
素っ頓狂な声を上げながら、史明はついさっきぶつかった女の後ろ姿を思い浮かべた。厄介事は向こうから来る、と言っていた潦史の性質が感染ったかと、心の中でだけ微苦笑する。
「大人しく出せば、命までは取らん」
高圧的な脅しに、笑い出したくなるのをどうにか堪える。確かに、袂に押しつけられた物はあるが、全くの見当違いだ。
「何も受け取ってないぜ。強いて言えば、今あんたが踏んでるやつくらいだな」
「キサマッ」
怪訝そうに、自らが踏みつけている青菜を見るなり、男は怒気に顔を赤黒くした。
大きく振りかぶる男に対して、史明は一般的には決して小さくない体を素早く沈め、鳩尾を狙って懐に飛び込んだ。そうして、男が完全に気絶して倒れるのを待たずに身を翻す。
やりとりに瞠目した人々が我に返った頃には、史明は姿を消していたのだった。
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