一章
潦史たちが訪れた翌日から、破壊された建物を直すために人の出入りが増えていた道観も、数日もすると、人の出入りは相変わらず多いものの、それなりに落ちついてきた。他出から帰った人々はしばらくは呆然としていたが、今では、精力的に建て直しを行っている。
すっかり片付けられ、骨組から作られていく光景を見ていると、微笑ましい気がした。元凶が何考えてんだろ、と潦史は自分に突っ込みを入れたが、やはりその口元には微笑が浮かんでいる。
「おーい、行かないのか?」
「って―…。ヒラク、お前馬鹿力してんだから、もっと考えろよ。下手したら怪我するとかしてもおかしくないんだからな」
「あ、ごめん」
「…悪気ないってのは判ってっけど…」
あっさりとした謝罪に、潦史は溜息をついた。この何日かの間で、男に「常識」がないことは改めてはっきりとしていた。
丹念に訊いたことによると、どうやら独房のようなところで生活し、言葉も、たった一人だけいた人物の独白や一方的な語りかけから覚えたものらしかった。生まれ持った能力に対してもこの世界についても、ほとんど知識がない。
不安は大いにあるが、だからといって男をこのまま置いて行く気も、潦史にはない。見つけた以上、せめて常識くらいは教えるべきだろう。自分は李敬尊に見つけてもらえて、男にはそれがなかった。そういう親近感があるのも確かだった。
「…まあ、いいか。行こう」
「うん」
潦史の隣に立つ男は、少なくとも茶の瞳のときには、充分に人に見えた。どうやら、妖気が出るのは黄金の目のときで、気が高ぶるとそうなるらしいということが判った。神気は茶の瞳で、平常時。訓練次第でどうにかなるだろう。
こうして、二人の旅は始まった。
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