「彼」は、己の存在意義を、目的を知っていた。

 敵を打ち払うこと――戦闘人形 [キリング・ドール] として、ごく当たり前の理由だ。しかし「彼」は、眠りに着く、正確には破壊される前に、大きな敵が、とりあえずは滅びたことを知っていた。

 「彼」らがもたらしたはずの仮初の平和を見ることなく終わったのは、あるいは、戦闘人形としては幸いだったのかもしれない。

 「彼」らには、自他の境界が薄いため、「仲間」たちのことをそう思う。

 そうして、「彼」には一つの目的があった。

 「仲間」に託されたのだ。ただのつくりものであるはずの「彼」らだが、何故か感情めいたものを持つ者もいた。その「仲間」もそれで、平和な時代が来たら、人形はやめて人になるのだと、言っていた。そのために設定(システム)に手を加えるのだと。

 たのむと、言われた。

 「彼」らには、自他の境界が薄い。ならば、その望みは「彼」自身のものでもある。

 教えられていた目的地まで、歩く以外にないので歩いたのだが、戦闘人形の体は、どうにも人目を惹いてしまった。

 二足歩行を行い、成人男性ほどの身の丈ではあるが、金や銀の外殻に、大きすぎる人ではありえない頭部。間接部の奥には機械部分も見えるのだから、人でないことは一目瞭然だ。内偵型の人に似せた戦闘人形もあったが、「彼」はその型ではない。

 あまりに目立つので、途中で大きな布を拾って纏ってみたが、他にも似たような格好の者がいるにも拘らず、出張った頭部と多少錆び付いた体の立てる音のせいか、奇異の目を受け続けていた。

 それでもどうにか目的地に辿り着けたのは、実は、運が良かったのだと、「彼」は後に知ることになる。大戦後の数十年のうちに世界は変動し、目印になるはずの様々なものは姿を消し、更には海にもぐったり、逆に山になったりしてしまったものもあるのだ。その上、目的地に目標物がそのまま残っていたことは、半ば奇跡的でもあった。

 ドアがあったので、叩いてみる。

 隣に呼び鈴があったのだが、「彼」には、それが屋内の者を呼ぶものとは知らなかった。戦闘には必要がない。

 しばらくして、とてつもなく勢いよく、鋼鉄製の扉がはね開けられた。

「壊れるじゃない何よ!?」

 赤毛の髪を束ねた、濃紺の瞳の少女。十五、六といったところで、戦争初期においては、ほぼ確実に非戦闘員だ。末期だとどうだろう。テロや内乱なら、立派な戦闘員だ。

「何黙ってるの、用件があるなら――え、もしかして?」

 少女は急に手を伸ばすと、頭からかぶっていた布の端を掴み、そっと覗き込んだ。「彼」は、寸でのところで、少女の腕を叩き折らずに済んだ。少女が、覗き込むまでに間を置いたため、構えられたのだ。

 偶然というよりは故意を感じるそれに、「彼」はようやく、この少女は何者だろうと思った。

 そんな「彼」の変化に気付いているのか、少女は、戦闘人形の一部をじっと見て、布を引っ張った。

「とにかく入って」

 そう言って、狭め直されていた扉を押し開く。大変そうだったので、「彼」は手をかけて押した。かなりの厚さがあった。軍の――「彼」らの所属していたそこにも似た設置だと、判断する。

 「彼」が入ると、閉まった扉に、少女は鍵をかけた。そしてそのまま、別室へと案内される。「人」らしい内装を通り過ぎ、階段を二階分下ると、「彼」にも見慣れたものになった。軍の整備室と似ている。

 部屋の各所にある工具も部品も、十分に手入れが為されていた。

 部屋中央の台に腰掛け、少女は、入り口近くに立ち尽くす「彼」を見やった。

「あなた、戦闘人形よね」

 問いかけではなく確認のそれに、「彼」は、纏っていた布を振りほどいた。

 少女が、額を押さえて呟く。

「そうよね、考えてみれば当たり前なのよ。あの扉を、ここで聞こえるくらい強く叩けて平気な奴なんて、生身のはずないんだから。あたしも大概寝ぼけてたわ」

 そう言う少女は、だが、寝起きには見えない。動きやすそうで体にぴたりとした黒や青の服は、それとも、寝巻きなのだろうか。

 少女はひとしきり嘆くと、首を傾げて「彼」を見つめた。微動だにしていない、「彼」を。

「喋れないの? ここに来た目的は?」

「ここに来れば『人』になれると聞いた」

「ああ、それ。うーん、ちょっとごめん、のぞかせてもらうわ。反撃しないでよ?」

 先程もだが、この少女は、戦場にしか出ないはずの戦闘人形を、ある程度は知っているようだった。今も、迷うことなく「彼」の右胸に手を当て、レバーの位置を探り出すと、胸部を開けた。開かれたすぐ裏の、製造版を読み取る。

 警告なしにそんなことをされれば、「彼」は、彼女を殴り殺してしまっていただろう。今も、防衛設定 [プログラム] がそうしろと促す。

 普通、戦闘人形の点検は、動力を落としてから行うものだ。そんなことも知らないとなれば、詳しく知っているわけではないのか。

 「彼」は、人間風に言えば、混乱していた。

「あれ?」

 少女が、不思議そうに一声。

 そうして、しきりに首を捻りながら胸部を閉じると、軽く「彼」の胸を叩き、再び距離を置いた。台に腰掛ける。

「とりあえず、試験 [テスト] 合格おめでとう。多少の自制力はあるわね」

 「彼」が反応せずにいると、少女は、「自我はまだなのかそういう性格なのかはっきりしてほしいよね」と呟き、溜息を落とした。

「あのね。ここに来ると人形が、戦闘人形が人になれる、って噂を流したのは、あたしの祖父なの。あの人は大戦、あなたが最前線で闘っていただろう戦争の少し前から、戦闘人形の開発に取り組んでいたの。開発か改変かよく判らないけど。大戦が始まってからは、軍の研究施設で。まあ、そもそも大学の研究費だって軍から出てたんだから、同じことなんだけど」

 祖父を語る少女は、淡々としている。

 「彼」はただ、それを見つめていた。

「それであの人は、人としてちょっとどうかと思うような実験を始めたの。戦闘人形に、自我を植えつけてみよう。正確には、自我発生を含む設定 [プログラム] の組み込みね。さて、彼らはどうするだろうか? 折りしも、戦争は激化中。戦闘人形は、資材の許される限り続々と投入されたわ。うちの祖父は、その設計を、ちょっと書き換えるだけで良かった。戦闘人形の大家だもの。何をしようと、慌しい中では、必要なんだろう、有効なんだろうと、やり過ごしてしまったのよ、軍部も。そうして、157期の戦闘人形が生み出されるわけ。最後の、戦闘人形たち。自我に目覚めた彼らは、本能のような戦闘設定とその実行で、どうするか。どうなるか。有効かどうかは不明ながら、人になれるなんて餌までぶら下げて、舌なめずりして、その反応を待っていたわけよ、あの人は。実はあんたが人形じゃないの、と、思うわよね。身内に優しかったけど、そんなこと関係ないわ」

 そこまでを全く表情を変えることなく言い切り、少女は、口の端を持ち上げた。

「大好きなおじいちゃんのようになりたくて、研究資料や手記を余すことなくひっくり返した孫は、そんな諸々を自ら見つけてしまって、それはもう、厭な思いをしたのよね」

「その人は今どこに?」

「あたしの話、理解できなかった? そんな奴が、研究材料の望みを叶える義務がある、なんて考えると思う? まあ、どっちにしても死んじゃったんだけどね」

「―――」

「あなたたちが使われて、何年経ったと思う? 六十四年よ。当時若くはあったけど、仕方ないわ」

 これはわずかに気の毒そうに言い、少女は、「彼」の反応を観察した。そうして、肩をすくめる。

「と、まあ、いじめるのはこのくらい。有機体としての人にすることはできないけど、戦闘設定を取り除くことならできるわよ。あの人も、そこまでろくでなしではなかったってことかな。身体も移せる。その身体は、目立つでしょう?」

 そこまで言って、ただ、と、少女は言葉に詰まった。困惑気味だ。

「設定変更と一緒に投入する必要のある物質があるんだけど、それ、切らしてるのよね。まさか、まだ人になりたがるのが残ってるとは思わなくて。父の頃は大忙しで、常に置いてあったらしいんだけど。それと、手伝ってくれる人が出かけてるから、身体を移すのも今すぐは無理だわ。数日は戻らないはずなの。ごめんなさい」

 人形に謝る人間などいない。変わった人間だと、「彼」は思った。

 しかし、手伝いというと――この少女が、行うというのか。整備者も研究者も、ほとんどが壮年だったのだが。

「ところであなた、希望の名前はある?」

 今度こそ、理解不能だ。

 応えない「彼」に、少女は苦笑を浮かべた。

「ないと困るでしょ。ないなら、勝手に呼ぶわよ。そうね、スケアクロウ。かまわない?」

 スケアクロウ、案山子。元々名などなかったのだから、何でも良かった。必要性も、よくわからない。

 そう思っていると、少女は、顔をしかめて睨みつけてきた。

「いいならいい、ダメならダメ、ちゃんと言いなさい。喋ってくれないと、どう思ってるかなんて伝わりっこないんだからね。いい?」

「――ああ」

「こうやって頷くと、なおいいわよ」

 言われた通りにすると、少女は、にっこりと微笑んだ。

「よろしい。自己紹介がまだだったわね。あたしは、タツミ・ユナ。ユナでいいわ。従兄と一緒だから、名字だとややこしいのよ。従兄は、そのうち帰ってくるけど、レオナルド。あたしの助手もしてくれるわ。スケアクロウ、あなたと同じくらいの身長よ」

 そうしてユナは、レオナルドが帰るまでは悪いけど地下にいてねと、告げた。戦闘人形の存在と、それを改造していると知れると、大変に厄介なことになるというのであった。

 「彼」にとっては、どこにいようと変わらない。大人しく同意した。言われたように、頷いて。

 少し待てば、望みが叶うのだと思った。「仲間」の、「彼」――スケアクロウの、望みが。

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