「ゆかり、何か変われたかな」
猫耳のついた帽子をかぶった彰は、雪の降るビルの屋上で隣を振り仰いだ。そこには、セイギが缶コーヒーをカイロ代わりに両手で抱え込みながら立っている。
今や豆粒大でしかないゆかりを、二人は見送っていた。
今日この場所に立ち寄ったのは偶然だが、あまりのタイミングの良さに、仕組まれていたような気すらする。彰が何か独自の情報網で知り、細工をしたのではないかと、つい勘繰ってしまうセイギだった。
「ところで、彰」
「何?」
「今回用があったのはこのビルだったよな?」
「そうだよ?」
「で、仕事はもう終ったよな?」
「うん。それがどうかした?」
どうかしたか、だって?
缶コーヒーを持つ手に、自然と力がこもった。分厚いコートが、冷たい風に音を立ててなびく。
「ここにいる必要ってあるのか?」
先日まで自分たちが暮らしていたビルの向かい。二人の視力では、充分にゆかりの様子も見えた。だが、例えその後のゆかりの様子を知るためにここにいるのだとしても、セイギの足元から壁一枚隔てれば、大きく窓をとったエレベーターホールがある。そこには雪も風も、冷たい空気もない。
セイギがじっとりとした眼で見ると、彰は天使のような笑顔を浮かべた。
「だって、雪降ってるんだよ? 外で見なきゃもったいないじゃない?」
一瞬、本気で殺意に駆られた。脅威的な自制心で止めていなければ、この高いビルの屋上で、彰の背を押してしまいそうになる。
「お前、俺が寒いの駄目だって知っててやってるだろっ」
「あれ、そうだったの?」
やはり、天使のような笑み。セイギは、低く唸っていた。
「わかったよ、帰ろう。早く帰って、何かあったかいものでも食べようか」
「・・どうせ作るの、俺なんだろ」
「当然」
二人は、賑やかにビルを後にした。
人の多い通りに出ると、仲の良い兄弟か何かがじゃれ合っているように見える二人に、周りの人の表情が和んでいた。だが本人たちは、そのことには気付いていない。
店舗の入れ替わりの激しい辺りの一角で、二人は立ち止まった。「月夜の猫屋」と看板のかかった店の前で、彰が立ち止まる。
「ねえセイギ。お化けがいなかったら、あたしたちって何なんだろうね」
「はあ?」
それより早く入れよ、と言いかけて、セイギは心中首を傾げた。これも例の問いなのか違うのか、判らなかった。
彰は、無邪気そうに続けた。
「知らない? お化けなんてないさ、って歌」
「知ってるけど・・・幽霊じゃなかったのか、俺たち」
「ああ――そっか。そうだね」
言い換えたら別のものにもなれるのか、と彰は呟いた。
何一つ疑問の解決しないセイギだったが、訊いたところで答えてくれないような気がする。それなら、彰が納得しただけ良しとしようか。
「あのね、セイギ」
「ん?」
「セイギに会えてよかったよ、あたし」
そりゃどうも、と苦笑する。
きっと彰は、最後を迎えても後悔はしないんだろうと、セイギは思った。ロクダイのように。渡された手紙に残された言葉。それは、そう考えるのに充分だった。自分も、そうなれればいいと思う。
「早く入らないと、頭に雪積っちゃうよ?」
「わかってるよっ」
気付くと店に入っていた彰を追って、扉を閉める。
空からの、灰色っぽく見える雪片。地面に降り立った途端に解けてしまう雪は、それでも降っていた。
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