出立を延ばしたキドニーとミーシャと一緒に、シュムとカイは昼食を摂っていた。店の腐った石畳は応急処置が施され、何も知らない客が訝しげに首を傾げていた。
「今度は何に手を出したんだ? 同族喰らいに目を付けられるなんて」
含むような口調で言われて、シュムは、雉のパイをつつきながら手を振った。
「違う、あれで終わり」
「本当か? お前は、妙なところで気を遣うからな」
「本当だって。始末し損なった両手が残っててさ」
見ようによっては、この四人組は、カイを除けば家族に見えないこともない。キドニーはもう三十を過ぎており、ミーシャも、それよりはいくらか若い程度。シュムが十を越えたくらいの外見だから、無理な話でもないのだ。
昔馴染みとシュムの会話は弾んでいるが、カイは一人、紹介されてから黙々と食事をしている。ミーシャの流し目も、あっさりと黙殺してしまっていた。
「二人は? そろそろ引退考えないの?」
「あぁら、シュム。死にたいって言うなら、今すぐ願いを叶えてあげるわよ?」
「そ、そんなつもりはっ」
顔を引きつらせて、わたわたと手を振る。
ただ、こういった職業は体力が資本のところがあり、早々に見限って引退する者も多い。宿屋や剣を教えたりといった、この世界に関わる者と、隠居のようにほとんどつながりを切ってしまう者とは、半々くらいのようだ。
だから、何気なく訊いただけのことなのだが、青筋を立てて笑うミーシャに、シュムは本気で逃げ腰になった。
「ばか。こいつ脅しても仕方ないだろ」
苦笑して、キドニーが仲介にはいる。気のせいか、その表情が淋しそうに見えて、この話題はまずかったのかと、身を縮める。
自分の寿命がいつ尽きるのか推測もできず、体力や意識はそのままで、突然に事切れる体質を持ったシュムにとって、引退は一種の憧れがある。しかし同時に、自分の体質が武芸者の望みであるとも知っているので、それを口にすることもなかった。
「南の、ウルニーの向こうに、新しい開拓地ができたんだ。そこの居住権の代わりに、専任を引き受けた」
「開拓始めたときには、誰も就かなかったの?」
「就いてたわよ」
新しい土地を切り開くのは、大体が国か大金持ち、それか身分の低い者が集団でということになる。そして、それまで人の踏み入らなかった土地には、大体において手強い獣や怪物が住み着いている。それらの対処を引き受けて、土地が落ち着くまで、もしかすると死ぬまで、そこで開拓者と生活を共にする者を専任と呼ぶ。
国なら手持ちの術師を派遣し、大金持ちなら金品も保証することが多い。居住権が引き換えなら三つ目かなと、殊更に考えるまでもなく推測する。住むことを決めたのなら、ほとんど引退と同意義と、これも考えるまでもなく導き出す。
始めに専任がいて、今はいないというのなら、逃げたのか死んだのか。どちらにしても、手強い相手が入るのだろうと推察できた。あるいは、生活が劣悪か。そもそも、開拓地の生活が快適ということはあまりないのだが。
「そのうち、遊びに行くかも。そのときはよろしく」
「お土産なかったら、入れないわよ」
「うわ、それはひどいなー。わかったよ、肝に銘じとく」
それから適当に雑談をして、食事を終えるとすぐに、二人は店を出た。店の外まで見送りについて出たシュムは、先程のミーシャの術の代価を手渡した。少し多いのは、餞別のつもりだった。
「じゃあな」
「じゃあね」
「またね」
姿が通りを行き交う人に紛れ、完全に見えなくなるまで、シュムはぼうっと背中を見送っていた。
そうして、見えなくなるとくるりと体を半転させて、店内に残っていたカイのところに戻る。こちらも旅支度で、傍らにはシュムの分の荷物もまとめてあった。
「行くか?」
「うん」
そうして、何事もなかったかのように、二人は旅立って行った。
ちなみに、城の伝令がシュムを探して宿を訪れたのは、それから四時間ほど後のこと。普通、国に属する者は、国内であっても無断で遠方へ行くことはできない。しかしシュムにはそんな常識は通用せず、使者は、伝言とばかりに託された報告書を抱え、困惑して城へと駆け戻るのだった。
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