夢を見ている、と思った。

 夢の中で、夢を見ていると気付く。そして、その内容が過去の再現であることを知り、数年前の自分の中にいながら見下ろす司は、またかと思う。

 罪悪感なのか、それとも連想するのか、妖の血を浴びた夜にはいつも、過去の夢を見る。妖を屠った、過去を。

「音に注意してろ。眼をつぶった方が、逆に歩きやすいかもな」

 諒に手を引かれ、夜の山の中を駆けている。

 忠告にも拘らず、闇に染めたような長い髪の少女は、小さな目を大きく見開き、ただ一心に、前方の闇を睨みつける。

 (殺してやる)

 過去の自分の声を、司は、離れたところで聞く。

 (殺してやる。絶対に、ゆるさない)

 諒の足は速く、司自身が尋常でない速度で走っているというのに、体を動かしている感覚はなかった。はだしの足は傷だらけで、夏用のパジャマからむき出しの腕や頬は、避け切れなかった小枝で切ったのか、血がにじんでいる。

 だが痛みなど、感じられるほどの余裕はなかった。

 聞こえるのは、殺してやるという自分の声だけ。見えるのは、倒れ伏した祖母と、その傍らにある、祖母に似た違う生き物の姿。見られたと判り、飛び掛ってくる異形のそれ。司を庇い、打ち付けられた要の、意識を失った身体。額から血が流れている、鏡に映るのとよく似た顔。

「先に言っとくが、おちびちゃん。俺は、手を出さないからな。頼まれたから、案内してやるだけだ」

 この当時、諒の司の呼び方は「おちびちゃん」。要を「ちび」と呼んでいた。

「しかしまあ、俺も人がいいなあ。って、人じゃないけど」

 返事がないことを前提にするかのように、諒は一人で喋っている。司の中を、その声は素通りしていく。

 殺してやる、と強く叫ぶ声。方法は考えておらず、ただただ、祖母の姿をしたあの化け物を殺すのだと、それだけを強く念じる。

 そうして、司はたどり着く。

 ひときわ大きく古い木の根元に、祖母の姿をしたものがいた。

「つかさ」

「――よぶな」

「つかさ」

 司を叱るとき、祖母は哀しげな眼をする。司はいつも、叱られることよりもその眼に打ちのめされ、悪いことをしたのだと思い知らされる。

 そのときと同じような眼で、名を呼ぶ。

 司の中で、何かが弾け跳んだ。体中を、血ではなく炎が駆け巡るような灼熱感。

 どこからともなく現れた日本刀は、まるで司の腕の一部のようだった。

「やめなさい、つかさ」

「――呼ぶなと、言った」

 いつ駆け出したのか、覚えていない。

 身を翻した祖母に似せたそれを、躊躇なく斬った。手には重い、肉を切り裂く感触。こちらを向いて見開かれた瞳が、光を失っていく様を、まざまざと見せ付けられた。

 浴びた返り血のにおいが立ち込める中で、司は、修羅のように立ち尽くしていた。

 ああ――そうだった、と、司は思う。過去に見た、夢でも幾度となく見た光景を眺め、思う。

 大切な人を失っても、失いかけても、悲しむことよりも怒りを優先する自分は。生死すら確かめず、助けられたかもしれない祖母を置いて、怪我をした要を置いて、走り出した自分は。

 大切に思う人の、傍にいてはいけない。

 夢の中で司は、記憶にはない動作をした。いつの間にか流れ落ちた涙を拭うために、腕を上げて目を閉じた。



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