序章

  昔、一つの国があった。国と呼ぶには幼かったが、敢えて呼ぶのであれば、やはり国だっただろう。まだ、人々の中に妖と神との明確な境界が引かれていない頃のことだった。

 統治者の名前は、今では深い歴史のひだの奥に沈み、見つけ出すには手間がかかる。対して、今でも人々の記憶に刻まれ続けている名がある。

 誓言 [ セイゲン ] 。――あるいは、誓直子 [ セイチョクシ ]

 その国を滅したとされる男は、大人に囲まれて育った。「信託の童子」と呼ばれ、予言を望む者が多く訪ね、国の統治者とも近しくつき合っていた。

「つまらない」

 それが、少年の口癖だった。

 その度に、人々は競って少年に擦り寄った。美しい少女、愛らしい動物、珍しい食べ物、多彩な芸人。様々な物が惜しげもなく与えられたが、それもまたつまらなかった。

 歴史の中に、名を没してしまった女がいる。

 別段際立ったところもない、ごく普通の少女だった。違ったのは、誓直子をただの少年として扱った点だった。

 少年は少女に惹かれ、やがて二人は子を成した。しかし、誓直子は我が子の顔を見ることなく、人として存在することを辞めることとなった。

 栄える誓直子らを妬んだ者であったか、誓直子の子も力を持つことを畏れた者であったか、忌んだ者であったのか。判然とはしないが、誓直子の子は、生まれてすぐに川に流された。母は、子を助けようとしたが、そのまま溺れ死んだ。

 誓直子がその「未来」を知ったとき、王に伴って遠出していた。愚かな何も知らない只人のように。誓直子は家に急いだ。――間に合わないと知っても、信じられず、そうせずにはいられなかった。

 ただ悲しむには、力がありすぎた。

 妻子を殺した者たちを殺し尽くし、「つまらない」と呟いた。血に塗れて、小さく。

 そして、誓直子はありとあらゆる手段で妖を喚び、国を滅ぼした。神々は、力を持ちすぎた「誓直子」という存在を抹消することもできず、神として天界へ迎えた。

 誓直子には、生まれて一度も泣いたことがないという逸話が残されている。

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