かちゃ かちゃ ぽつり
本を読んでいた三樹はその音に少し苛々した。
(今度はなにをしようって言うのよ)
音源は間違いなく隣の部屋だ。
かちゃ かちゃん
ガラス同士を当てるような音が、頭に響いてくる。
(ああもう、うるさい)
そう三樹が思ったとき、その音はやみ静けさが戻った。
(な、なんか嫌な予感が…奴が、奴が来る)
本を素早くおき、ベッドにもぐりこみ寝たふりをしようとする。が、一瞬遅かった。
「できた! これはすばらしい商品になるぞ、三樹!」
ドアが開け放たれ、男がはいってくる。とても興奮しているようで、一直線に三樹の方へ近づいてくる。
「ちょ、ちょっと。落ち着いてって」
その異様な迫力に負けそうになりながら三樹は男を宥めようとするが、男はずんずんと突き進む。
「これが落ち着いていられるか! よく聞け妹よ、兄は兄はやっと…」
「落ち着けっつってんだろ、この馬鹿!!!」
三樹の投げた辞書が、男の顔にヒットした。
男は三樹の兄で、宙来[ひろき]といった。今年で22歳だ。
長身で痩せ型。外見は至って普通の男だが、中身はというと名前の漢字のとおりぶっとんでいる。将来の夢は偉大な発明家――アトムでいうお茶の水博士――らしい。
もっとも今でも本人は立派な発明家のつもりで、日夜自室で実験・研究・発明を行っている、らしい。
三樹は宙来のそうした性格(習性?)の一番の犠牲者だ。父親は仕事でほとんど家にいないし、母親はすでに他界している。よって兄が発明品を披露する相手は決まって三樹となり、いつもいつも安眠妨害をされる上に実験台にされるのだ。
「んで?今回のしょーもない発明はなんなわけ?」
目の前でしょぼくれて正座している宙来に、半眼で問いかける。
そのとたん、宙来はまた眼を輝かせた。
「よくぞ聞いてくれた! 今回は夏ということで…溶けないアイスだ!! アイスというのはおいしいが、食べるのがちょっとでも遅れるとどろどろととけて、手にべたべたとつくし。買い物をしたかえりにちょっとの時間でも暑いところに置いておくと溶けてしまう。これでは商品として価値が下がるのではないか? 確かに溶けてもまた凍らせれば蘇るが、溶けてかたまった部分だけ色が違ったりしたら食べようとして袋をあけたとき興ざめではないか?」
「んなにでかい声ださなくても、聞こえてるよ」
駄目だしをしつつ、三樹は案外今回はまともかもしれないと思っていた。
(まあ今までに比べれば、だけど)
「それで、溶けないアイスを作ったんでしょ」
宙来は三樹の言葉に大きく頷いて左手を差し出す。
「それがコレだ。三樹食べてみろ」
それはなんの変哲もないバニラバーのアイスだった。
ちらっと宙来を見ると笑顔でこちらを見ている。うさんくささと好奇心とで葛藤があった結果、三樹はアイスを嘗めてみた。
ひんやりとしたかたいものが舌にあたる。
「どうだ?」
わくわくしたように宙来が覗き込んでくる。
「……なにこれ。味がしないじゃない。ただ冷たいだけで。しかも全然溶けない」
嘗めるのを止め、アイスを宙来につき返す。宙来は当然といった風に頷く。
「味がしないのか…ふむ。だけど溶けないアイスなんだ。全然溶けなくて当たり前じゃないか」
「何言ってるのよ。アイスっていうのは嘗めたりかじったときに溶けて、冷たくて甘くて、だからおいしんじゃないの!! 商品だとか言う前に、口の中にいれても溶けないなんてアイスじゃないわ!! こんな味もへったくれもないただ冷たいだけの塊なんて、アイス以下よ!! アイス失格よ!!」
宙来は三樹の言葉にぽかんとしていたが、ずりおちそうになる眼鏡を人差し指で押し上げて言った。
「ふむ。なるほど、それは考えてなかった」
「ていうか、あんた妹に食べさせる前に自分で食べてなかったでしょ!!」
三樹はまたしても宙来に辞書を――しかも前より分厚いやつ――を投げつけた。
結論。
やはりアイスは溶けなければアイスではない。
アイスは溶けてなんぼである。
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