やたらと風の寒い境内を、良和[よしかず]は掃き清めていた。
息が白い。
手がかじかむ。
頬が冷たい。
「っくしゅ」
小さなくしゃみは、空に吸い込まれていった。鼻をすすって溜息をつき、いまや葉を落とした桜の木を見上げ、再び溜息をつく。
「っ・・あ――・・・」
この寒空の下で、座り込みなんてするんじゃなかった。売り言葉に買い言葉とはよく言ったもので、その場の勢いで言った言葉に、自分からは引けなくなっていた。
ついさっきまで、良和は目の前の桜の木に登り、そこから動かずにいた。この桜の木を切るという祖父への反対を、身でもって示したのだ。半ば以上、兄に煽られたせいだった。
とりあえず良和は「勝ち」、桜の木は残ることになった。
「おい、そこの」
「・・・・・・は?」
幼いが偉そうな声に、思わずあたりを見回す。そして、目にとまったのは幼女。小学三年生の良和よりも年下、せいぜい小学一年生か。もっと下かな、と良和は思った。
ずいぶん髪が長いな、と見惚れる。
「聞こえているのか? いいか、一度しか言わないぞ。おまえの望みを叶えてやる」
「はあ?」
「言ってみろ。ただし、ひとつだけだぞ」
父か母か、誰か呼んでくるべきだろうか。良和が迷っていると、少女は大きな溜息をついた。
「飲み込みが悪い。・・・・私は、あの桜に住む者だ。住家を守ってくれた礼がしたくて、こうしてわざわざ出てきたんだ。何が望みだ?」
大きな瞳でにらみつけるように見られて、良和は怯んでいた。信じられはしないが、無視もできない。
「じゃ、じゃあ、桜。あの桜、今から咲かせてくれよ」
「何?」
「できないならいいけど・・・」
「それくらいできる! 馬鹿にするな!」
そして、少女は去った。後には、ぽかんとした良和が残るばかり。
その日の夜、桜は見事に開花した。ただ、その冬を越えた春は花がつかず、翌年以降は元に戻った。
花の開花には膨大な力がこもるという話を聞いたことがあったので、そんなものなのかと、良和は納得した。残念なのは、あのときにもっと、他のことを願えば良かったと思ったことだった。
件の桜の木は、今も寺の境内に生えている。
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