……時は平安、ここは京の都。もう日が沈もうかという時間に、私は1人佇んでいた。
「何をしているの?暗くなってから女性が1人で出歩いていると危ないよ」
私の姿を見て、1人の少年が声を掛けた。
「私は…」
そうだ、私は何をしようとしていたのだろう…。
「…分からないの。何をしようとしていたのか」
それを聞いた少年は、
「…じゃあ、あなたは一体誰?」
「…何も思い出せないわ。自分が誰なのかも」
「でも、あなたはきっと高貴な家の人だよ。だって、着物が豪華だし。宮仕えでもしているんじゃない?」
宮仕え…?
「いいえ…、宮中ではないわ…。でも…そう、私にはご主人様がいたわ…それで…」
「それで?」
「それで…そう、そうだわ、私、ご主人様に伝えなければいけない事があったの…」
自分でも不思議だった。なぜまったく知らない少年にこんな事を話しているのか。
…でも、なぜかその少年には話せてしまう雰囲気があった。
「ふうん…。じゃあ、どうしてこんな所にいるの?」
「…思い出せないわ。どうしてかしら…」
それを聞いた少年は小さくため息をつくと、通りを歩き出した。
「そっか…。んじゃあ、そのご主人様のお屋敷へ行こっか」
「…え? 私のご主人様のお屋敷が分かるの?」
「…まあ、行ってみれば分かるよ。…ところで」
と、少年は立ち止まり、振り向いて私の方を見て、
「いい香りの香を焚きしめてるんだね。それは…梅の香りだよね?」
…梅の香り…
ふっ、と頭の中になにかがよぎった気がした。…しかし、また遠ざかって行く。
「…行かないの?」
気がつくと、少年が不思議そうな顔でこっちを見ていた。
私は首を振って、こう答えた。
「…いいえ、行きましょう」
…少年が案内した所は、上流階級の貴族が暮らす屋敷が立ち並ぶ場所の一角だった。
「ここが…私のご主人様がいる場所なの?」
そこは、雑草が生い茂り、人の気配がまったくない荒れ果てた屋敷だった。
「…そうだと思うよ。…入ってみたら?」
私はこの少年にからかわれてるのだろうか…
そう心の隅で思いながら、私は朽ちかけた門をくぐった。
「あ…」
荒れ果ててはいるけれども、屋敷も、庭にある池も、植えてある木々も、
すべて私の記憶の中にあるお屋敷の景色と同じだった。
「どう? ここであっているでしょ?」
少年のその言葉に答えず、私は庭の一角へと歩いていく。
「…そうよ。いつも私はここから屋敷を見ていたの。ここから、ご主人様や、まわりで働く人々を…」
…そうか、私は…
「思い出したわ…。私は…ここにある梅の木だったのね」
「…全部思い出せた?」
「ええ…」
「じゃあ、伝えたかった事は?」
「…私、ご主人様に伝えたかったの。これ以上、他人を呪う事で自分を苦しめないで下さいって…」
それを聞いた少年は、にっこりと微笑み、
「伝えに行ってきなよ。目的地が分かったんだから、もう迷う事はないよ」
「…ありがとう」
少年の姿がしだいに揺らいでいき…やがて見えなくなった。
「ふう…」
女性が消えた後、少年は1人小さなため息をついた。
「あの人に会えたら、都を騒がす菅原道真公の怒りも少しはおさまるかな…」
そして、視線をもう1度前に向けた。
…そこには、手入れがされていなく、少し枯れかけた梅の木があった。
「…よろしくたのんだよ」
そう言って、少年は屋敷を後にした…
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