独りで生きることは、難しいと知っている。
「こんなところにいたの」
そう言って、妖の幸は、身軽に陸の隣に並んだ。他の三人は焚き火を囲んで眠っているのだろうが、二人は、崖のようなところから暗い景色を見下ろしていた。
「・・・何だよ」
「逃げるの、もう止めたの?」
「逃げるって何だ」
「逃げようとしたでしょ。あの、静って奴が来たとき」
幸の言葉には、遠慮がない。糾弾するものでないだけに、響いた。
あのときに、声をかけてきたのも幸だ。
「別に。他にやることもないだけだ」
意地を張っちゃって、という声が聞こえてきそうだった。
しかしそうは言わずに、ただ見つめてくるだけ。月光が、つややかな髪先ですべるのが見えた。
幸は、おそらくは陸が今まで見た中で一番の美女だが、普段の空と一緒になっての無邪気な言動を見ていると、見掛けよりも子供に見える空と同等に思えてしまう。人の常識が通用しないことも、その一因だろう。
それでも、美人には違いない。静かにしているとそちらが引き立ち、いささか調子が狂う。
「あんたって、変な奴よね」
何をと睨みつけると、だって、と、言葉をつなぐ。
「突っ張ってるかと思ったら妙に協調性があるし、料理上手だけど食べるのが好きってわけじゃないみたいだし。捻くれてるかと思えば、素直だし」
「・・・人が多いところで暮らしてたから」
「人が多いところ?」
「見世物小屋にいた。変わった奴を見世物にして、それで金を取るところ。俺はこの通りに妖人だし、そのせいか、水の中でもある程度は息がもつから、それで。・・・変な奴ばっかりだったけど、悪い奴らじゃない」
「普通の人」と違うところがある者がほとんどだっただけ、妖人の自分に近しいと、感じていた部分もあったのかもしれない。座長といった、それで金儲けをしていた者は別としても、仲間かもしれないという感覚はあった。料理もある程度の協調性も、そこで身についた。
何を話しているのだろうと、ふと思う。
「ふうん。私も、前はたくさんの仲間と暮らしていたような気がするけど、そういった感覚は覚えてないわ」
呟きの言葉を置いて、幸は溜息をついた。
「意地張るの、もう止めたら?」
「な・・・っ」
「あたしはあやかしで、空と戒は同じ妖人。でも戻は人だからって、無理して嫌ってるように見えるのよね」
「無理でも、意地でもない」
「そう? あんたと戻って、傍で見てると凄く似てるんだけど。二人とも、もう少し肩の力を抜けばいいのに」
諭すわけではなく、淡々と告げる言葉が、耳に痛い。
幸の言うことは、よくわかる。わかっているが、ただ、認めたくない。――認められない。
一般的な、「普通」の人とそれ以外は、大きく違うはずなのだ。見世物に上げられたときの、道ですれ違ったときの、冷たい視線を覚えている。
一度、一座から逃げ出したことがあった。しかし結局は、弱い妖人に生き延びる方法は少ないと思い知らされ、他の一座に売られることとなっただけだった。
「まだ先は長いらしいから、適当に気を抜かないと疲れちゃうわよ」
返事をせずにいると、軽く頭をはたかれた。景気よく音が鳴り響いたが、それほど痛くはない。
思わず見上げると、蒼の瞳が、苦笑するように見返した。
「もう寝るわ。あんたも、早く寝なさいね」
「ああ」
ぼんやりと、月下の下を金色の髪をきらめかせて去っていく幸を、見送った。
きっと、今の陸は――恵まれている。
「仲間」という言葉に、ただ、浮かれただけだとしても。
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