第一章 壱の途中

自分が、あまり強くないことは知っていた。


「っ、わあ!」
 石につまづいて勢いよく転んだ空を、戻は溜息をついて見下ろした。これでもう、何度目か。
「少しは足元に注意して歩け」
「だって戻、目をつぶったらあんまり見えないんだもん」
「・・・・・・は?」
 とりあえず体を起こした空は、地面に座り込み、頭から生成りの布をかぶっているため、荷が置かれているようにも見える。
 さほど日差しも強くない今の時期に、日除けのように布をかぶらせているのは、目立つ赤の髪と黄金の瞳を隠すためだった。人にはない鮮やかすぎるそれらの色は、自身が妖の血を引く妖人と公言したようなもので、害はあっても利はない。つい先日まで、そのために捕らえられていたのだから、このくらいの用心は当たり前だ。
 戻が布の下の顔を覗き込むと、鮮烈な黄金の双眸は、しっかりと閉じられていた。
「何故、目を閉じているんだ」
「え?」
「それじゃあ、見えなくて当然だろう」
「だって、かくせって」
「布を目深にかぶっていろということだ」
「目、つぶらなくていいの?」
「ああ」
 きょとんと、開かれた黄金の瞳が見つめてくる。無邪気な子供のそれに、溜息がこぼれた。
 何故こんなことに。
 見殺すには忍びない、と言うよりも、あまりに無責任で愚かな村人たちに苛立ちを覚えただけのことだ。今からでも遅くはない、どこかで置き去るか。
 足手まといになるだろう。戻るつもりもない危険な旅に、余計な同行者を連れる必要もない。
「ねえ、戻」
 空は、戻がそんなことを考えているとは疑いもしていないだろう。信頼しきった目を向ける。
「どうしてこの布、かぶるの? 戻や他の人はかぶってないのに」
「言っただろう。妖人だと言って歩くようなものだ」
「ヨウジンって、ダメなの?」
 思わず、言葉に詰まる。
「ダメだから、隠すの?」
「――要は、周りの問題だ。お前がどうかしたというものではない」
「だけど。ヨウジンだと、ダメなんでしょ?」
「布をかぶるのが、厭なのか?」
「周りが、よく見えない」
 子供の疑問と、感覚だ。
 何故、あれだけの酷い目にあってまで、それらを憎まずにいられるのだろう。何故。
「戻」
 掴まれた腕が、そこだけ熱いかのようだった。見上げる顔が、くもっている。
「泣きそうだよ?」
 空はただひたすらに、戻の心配をしている。
 何故、無理にでも空を置いて行かなかったのか。いくらでもやりようはあったのにそうしなかったのか。その理由が単純なものであったことに、今更気付いた。
 ただ、独りでいたくなかったのだ。


一緒にいられることがただ、嬉しかった。



戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送