夏虫

作:夜一 さま

薄暗い部屋、窓のない部屋、飲み残しのビールの匂い。

八月の夜、蒸し暑い部屋、ふたり。

素肌と素肌を重ねあって、果ててぼんやり。


彼女の部屋はいつも薄暗い。

油染みた埃にまみれた裸電球が妙にエロティックで安っぽい。

今、黄色い光の下で、彼女は一生懸命何かを読んでいる。


…何やってんの。

読んでる。手紙。

誰から?

あのひと。


彼女の脱ぎ散らかした派手な服はじっとりと汗ばんでいた。

はっきり言って擦り切れて貧乏臭い。僕のと同様に。

でも、血痕が点々とついていたあのころよりかはずっといい。

彼女はあのひとの妻で、僕は二流のガンスミスだった。

あのひとの側にいた頃彼女は、綺麗な色のカクテルなんか飲んで、着飾って、いい暮らしをしていた。

でも見えないところは痣だらけだった。

僕はそれを後で知った。


彼女がちょっと寂しそうに笑った。


…あの子にランドセルを買ってやったんですって。

ああ、坊ちゃんに?

…もう一年も経つのかしら。

まだだよ。まだ八月だ。それに…早すぎるよ、入学には。

…帰って来いって。あの子が寂しがってるからって。

…帰るの?

…。

…。

…さあね。


ぼんやり、しわしわのシーツの海に沈む。

このまま、ぼんやり。

茫洋と。

彼女が国境を再び越える日をオブラートに包んで飲み込む。

願わくば、その日がゆっくり近づいてきますように。


…コーヒーでも淹れるわ。

…いや、ビールを。もう少し飲まないか?


もう少しだけ。


彼女はゆっくり微笑んで、キッチンに向かった。



戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送