博物館

作:来条恵夢

 夜になって、寝る時間がきても子供たちの興奮は冷めないままでした。

「見た? あのぴっかぴかのランドセル」

「いいなあ、ああいうのほしい」

「僕は銃の方がいいなあ。ガンスミスになって、整備するんだ」

 銃の使い方を知らないままに、子供の一人は言います。ガンスミスという言葉も、説明にあったものが珍しく、使ってみたかっただけでしょう。

「僕、電球がほしい」

「あっ、ぼくもぼくも!」 

「真似するなよ」

「してないよ」

 電球というのは、陳列棚の中にあった裸電球のことでしょうか。もしかしたら、蛍光灯と勘違いしているかもしれません。

 子供たちは、にぎやかに話しています。

 それだけ、今日行った国境沿いの博物館が楽しかったのでしょう。先の戦争で親を亡くし、毎日自分たちの食べる分を働いているのだから、無理もありません。

 施設長としても、子供には子供らしく、毎日でも遊んでいてほしいとは思うのですが、何しろこのご時世です。そんなことをしていれば、みんな飢え死にしてしまいます。

「カクテルグラスがきれいだった」

「うん」

 二人の女の子が、あんなにきれいなグラスが使えたらどんなにいいかと、うっとりとしたかおをします。

「こら、もう寝る時間ですよ。早く寝ないと、明日の朝が辛いでしょう?」

「・・・はーい」

 どうにかしかめっ面を作ることに成功した施設長――みんなには「お母さん」と呼ばれています――が言うと、みんな渋々とそれぞれの布団をかぶりました。

 ところが、「お母さん」が星灯を消して出て行くと、とたんにまた、話が始まります。

 やかんの使い方がわからなかった、扇風機って変だよね、辞書って何だったんだろう・・・・昔の人が使っていたさまざまなものが展示してあり、子供たちはまるで、そのすべてを覚えているかのようでした。

「ボクのゴセンゾサマ、タカジョウだったんだよ!」

 中の一人が、自慢げに言います。昔、まだ家族が生きていた頃にでも聞いていたのでしょう。

「タカジョウってなんだよ?」

「それは・・・えっと・・・タカと友達なんだ・・・・・・・きっと」 

「タカって?」

「鳥なんだって」

「え? 鳥は鳥でしょ?」

「そ、そうだけど・・・」

 鷹も鷹匠もよく知らない子供たちは、何だそれはと、首を傾げます。言った本人も、何かわかっていないようです。

「ヒロの話、わかんないよ」

「それよりさ、あたしのひいひいひいおばあちゃん、毎日ねぎ食べてたんだって!」

「すごい!」

「いいなあ・・・」

 話題が移ってしまい、男の子はがっかりしてしまいました。タカジョウだったって、これは自慢していいことだって言ってたのに・・・・。でも、そう言った本人たちも、それが何かはわかっていなかったことでしょう。それはもう、ずいぶん昔の言葉でした。

 落ち込んでいる男の子を、隣の親友がつつきました。

「気にするなよ、多分、すごいことなんだから。明日、仕事が終わったらお母さんに聞いてみようぜ」

「・・・うん」

 親友の言葉は嬉しいけど、どうしてゴセンゾサマは毎日ねぎを食べてなかったんだろうと、少し恨めしく思ったのでした。

 寝返りを打つと、素肌にぶにぶにとした感触の床が触ります。寝るための部屋は、みんなこんな感じでしたが、男の子はあまりこれが好きではありませんでした。そのことさえ、今は恨めしい気持ちに追い討ちをかけます。


 その日、子供たちは眠くなる限界まで、おしゃべりを続けていたようです。



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