夢枕 - ゆめまくら -

 珍しいもの見つけちゃった、と母は言った。

「…何?」

 目の前には、陶器製と思われるつぶれた蒲鉾形。爪先でつつくと、硬い音を立てる。

 若作りでなく幼く見える母は、得意げに微笑んだ。

「あのね、トウチンって言うの。陶器の枕って書くの」

 陶器によくある白地に青色の絵は、鶴か鷺か、そのあたりのようだ。一羽で立ち尽くしている。

 ガラクタ置き場にしかなっていない蔵からでも発掘したのか、雑巾で汚れを落としながら、鼻歌まで歌っている。

「それでね、きいっちゃん。今日は、これ使ってちょうだいね」

「…めっちゃ首凝りそうなんだけど。どうして?」

 枕を差し出しながら、母はとても申し訳なさそうなかおをした。表情にメリハリのある人だ。

「ごめんね、きいっちゃん。いいお天気だったでしょ、今日。お布団干そうとしたら、うっかり枕をポーンって…落としちゃった。それで、お向かいの池に入っちゃって。ごめんなさい!」

 だから何歳だ。

 思い浮かべすぎていい加減に飽きた文句を呑み込んで、陶枕を手に取った。ひんやりとした、滑らかな手触りだった。



「さむっ」

 これは、十一月の寒さじゃない。雪まで吹雪いている。

 一面の雪景色。白と灰色の世界。

「な、なん…?」

 寒さに歯の根が合わず、それだけ言うのにも力む必要があった。

 今立っているのは池の分厚い氷の上で、周りは葉のない背の高い木々。その全てに、雪が積もっている。

 氷の中央に、大きな鳥がいた。

 鶴か鷺か。多分、タンチョウ鶴ではない。灰色の鳥だった。

「ゴァー」

 鳥はこちらを向くと、そう、弱々しくないた。

 どのくらいそこに立っていたのか。鳥は、ずっとそこにいた。まるで全身を凍りつかせたように、立ち尽くし、遠目にも羽根は、本当に凍っていた。

「おい!」

 凍りついた体は、ガラス細工のように壊れて散った。



 見慣れた天井があった。

「…ゆめ?」

 寝返りを打った拍子に、硬い枕の角を感じた。体を起こすと、意外にも、首も肩も凝ってはいなかった。

「いや待てあの光景…どっかで見た。立ったまま凍って、めちゃくちゃきれいで哀しくて冷たくて」

 考えているうちに、音楽が聞こえてきた。

 高校時代、合唱で歌った曲。物悲しい歌詞と旋律のそれは、夢の光景と同じだ。

 階下に降りると、母は、フレンチトーストを焼いていた。

「母さん。高校のときの青鷺って楽譜、とってある?」

「おはよう、きいっちゃん。楽譜? うーん…捨ててないけど…蔵、かしら?」

「…そう」

 それはもう、見つけようと思ったら大掃除しかない。つまりは、ほぼ不可能だ。

 諦めて、とりあえず図書館に向かった。楽譜そのものは見つからないが、図鑑で青鷺の写真は見つけられた。写真は、早くも薄れ掛けている夢と似ていた。

「でもだからって、何でそんな夢を見るんだ?」

 まさか、あの陶枕が青鷺ゆかりのものというわけではないだろう。羽毛枕ならありうるかもしれないが、陶器では。

 家に帰ると、何を察したものか、お茶菓子を用意した母に問い詰められた。妙なところで勘がいい。

「気になるのなら、もう一度寝てみたら?」

「なんで?」

 話を聞き終えた母は、青鷺の死を十分に悼んだ後で、言った。

 夢の途中で目覚めたからといって、寝直して続きが見られるわけではない。まして、今の状況で何になるのか。

「だって、陶枕の絵、きっと青鷺でしょ?」

 言われてみれば。



 青鷺は、細かな破片になって散った。――かと思ったら、ビデオを巻き戻すかのように掻き集まり、再び一羽の鳥を形作った。

 雪は止み、氷は解け、風がそよぐ。さながら、春。

 青鷺は、こちらを向くと、にやりと笑って――不気味だ――飛び立った。

「ゴアー」



 後日、新しい枕と交代で蔵に収めようとした陶枕から、旧仮名交じりの説明書が落ちた。

 「夢枕」、「ユメマクラ」とルビまで振られたそれには、近くに置いたものの夢を見られるかもしれないとあった。

「断定じゃないのか」

 誰か詐欺に引っかかったのか。

 おそらく収まっていたのだろう、陶枕を置くのにちょうど良さそうな場所の下には、少し変色した紙があった。

 開くと、「青鷺」の字と音符が踊っていた。



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