――全く、熱が出るとろくなことがない。
熱のせいで、ともすると思考が飛びかける。自分の居場所さえ忘れそうになるし、汗がべとついて気持ち悪い。布団が暑くて跳ね除けると、すぐに体が冷えるし、悪化しかけるし。筋の通らない悪夢は見るし。
信二は、意味もなく天上のシミを睨みつけていた。熱のせいで、眼が少し潤んでいる。
信二にとっては「恒例」の、風邪だった。普段から病気をするわけではないのだが、何故か年に一度か二度、高熱を出す。十数年もそれが続けは、もう慣れっこになっている。
(あー・・・・・きょうはたいくがー・・・ひさびさのさっかー・・・・)
部活を引退して何ヶ月かになる。それだけに、楽しみにしていたのに。
熱ではっきりとしない頭でそんなことを思いながら、信二は瞼を閉じた。起きていてもしんどいだけだから、とりあえず寝ておこう。考えるでもなくそう判断して、眠りについた。
「ああっ、これは凄いっ」
頭上で、何か声がする。甲高くはないが、まだ子供だろう声。やたらと元気がいいのが、癪に障った。
(俺は風邪ひいてて頭いてーんだよ、どっか行け!)
「ねえねえお兄さん、起きてくださいよ! 是非これを、僕に譲ってください!」
(はあ? 何言ってんだこのガキ)
「ねえってば。・・・聞こえてるんでしょっ?! 起きてよおきてよ起きてよっ」
「何すんだ、馬鹿野郎!」
力いっぱい肩を揺さぶられ、信二は体を起こした。飛び起きた、と言ってもいい。殴ってやろうかと、右には拳。
ところが、信二の不機嫌に気付かないはずがない元凶は、嬉しそうに笑っているのだった。見てみれば、少年や少女というよりは、女装させられた少年というのがしっくりくるような子供だった。長くはない髪が、結ばれて右と左でぴょこぴょこと踊っている。
「やぁっと起きてくれましたね。じゃ、手早くぱぱっと・・・って。・・・・・・何するんですかぁっ」
涙の滲んだ眼で、信二を見る。生憎、信二がそれを可愛いと思うことはなかった。
握り締めた拳を、信二が突き出す。慌てたように子供は、後ろに飛び退いた。
「どうでもいいから邪魔すんな、俺はしんどいんだよ、今」
「いえ、だからその原因を・・・いや、原因じゃないんですけど、」
「黙れ」
「あっ」
「黙れって・・・・・ぅを?!」
威嚇に振り上げた拳を、ぬめりとしたものが絡めとる。子供から目を逸らしてそちらを見た信二は、絶句した。
青い、生首。その口から、いやに赤く長い舌が伸びている。信二の腕を捕らえているのは、その舌だった。信二と目が合うと、青い顔についた大きな目が、にたりと笑った。
「なっ、なっ、なっ・・・っ!」
声にならない。何とか振り払おうとするのだが、まったく離れる気配がない。
信二は、すがるように子供を見た。
「な、何だよ、これ・・・・」
「譲ってもらえるなら、教えてもいいですよ?」
「いらねーよ、こんなもん!」
「ほんとですか! やったぁっ」
嬉しそうに、楽しそうに体を弾ませる。信二は、巻き付いた舌と子供を交互に見ながら、泣きたいような気分になっていた。
そして子供が、右足を軸にくるりと一回転して、生首にコンパクトのようなものを向けた。すると間を置いて、巻き付いていた舌の感触が消える。
「ありがとうございましたっ! それじゃあ、また悪夢を見たら教えてくださいねっ」
「え?」
目を開けると、相変わらず薄くシミの浮いた天井が目に入る。手を伸ばして目覚し時計をつかむと、長短の針が、二時間ほど眠っていたことを指し示していた。
体を起こして、母が入れてくれたらしい蜂蜜とレモンを湯でといたものを口に含む。少しだけ飲むつもりが、一口飲むと、初めて喉の渇きを感じたかのように、一気に飲み干していた。空のコップを、元のテーブル代わりに使っている椅子に戻す。
まだ声は出ないが、風邪が治りかけているのが判る。
再び布団に潜り込み、目をつぶる。何か夢を見ていた気もするが、思い出せなかった。
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