泣けない夜は、散歩に出る。
ごみごみとした空気や安っぽいネオンが溢れているが、少し歩けば公園に着く。街灯の嘘臭い光から逃れるようにして、鉄棒にうまくバランスをとって座り、ぼんやりとする。運が良ければ、月も見える。
慣れないうちは茂みのカップルに遭遇したりもしたが、今はそれもない。
ここは、美里の場所だった。
「おつきさまおつきさま。お願い事があります」
これで三回目。美里は、しっかりと回数を覚えていた。
一回目。怖いくらいに大きな月が、冴え冴えと浮かんでいた。
――お父さんがいなくなりますように。
いつも暴力を振るう父は、電気屋のテレビで見掛けた「家庭内暴力」や「幼児虐待」の 人そのものだった。何人目かの父だが、そのどれも、大差はなかったと思う。
お願いをした翌日――十二時を越えていたから、正確にはその当日、父はいなくなった。「父」が突然姿を消すのは、多くはないが特別珍しいことでもなかったので、母も気にせず、すぐに新しい恋人を作ったようだった。
新しい「父」が来るのはそう遠くないと美里は思い、実際そうなった。
二回目。風が強く、真っ黒な影になった木々が大きく揺れていた。
――お母さんがいなくなりますように。
一つの事が長続きしない、短気な母は、美里にも感情に任せて接していた。溺愛され、殴られ、放置され、かと思えば優しくされて。
お願いをして数週間して、さすがに母がずっと帰ってこない事で警察に行く途中、テレビでワイドショーを見た。身元不明者の絞殺死体。
美里は、多少地方気味の祖父と足が不自由な祖母に引き取られる事になった。
三回目。風が凪いで、空気が熱い。
「あなたに会いたいです」
今だ行方が知れず、探すつもりもない父と、恋人が犯人として処理された母と。偶然としても有り得なくはない。美里はずっと、そういうところで生きてきた。
それでも「おつきさま」がいるかもしれないと、美里には思えた。
「あなたに、会いたいです」
祖父母は、美里には意外な事に、優しかった。
一回目や二回目と、状況はすっかり変わっている。
父も母も、もういない。
学校にだって、ちゃんと行ける。
泣くことを堪えることも、それに慣れて無感情でいることも、もう必要ない。
時間が経って、月が傾いた。夜の公園から、人の気配が消えることはなかった。
父や母父や母に暴力を振るわれたときよりも、今の方が辛いのは何故だろう。
泣けない夜は、もう来ない。
何故か美里は、そう確信していた。これで最後。
「おつきさまおつきさま。――さようなら」
夜の道を、美里は走っていった。
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