落下物

 月が浮かんでいた。

 満月のはずの月は、誰かにかじられたかのように欠けていた。今日は月食だ。私は、それをただぼんやりと見ていた。ノストラダムスの予言が当たるなら、そろそろだなあ、と思いながら。

 もう七月末で、私の誕生日まで片手で足りた。私だけは、それが来ない事を知っていた。はずだった。

 世界がどうなろうと、関係ないと思っていた。

 たった一人でケーキを買って食べる。誕生日は、いつからか連れ添ってきた寂しさと、一人だということを実感する日でしかなかった。

 普段あまり人の入らない屋上には、何故かボールが転がっていた。あまりにも荒涼としているように見えた。

 それがやって来たとき、私は星の数を数えていた。りんご一個分くらいのためらいが残っていたから。

 それは、少年だった。

「変な奴だな。なんでこんなところにいるんだ?」

「・・・上から降ってくる方が、ずっと変だと思うんだけど」

 驚いているはずなのに、ついそんな言葉が出ていた。減らず口、という言葉が思い浮かぶ。未だ、自分が良く判らない。

 しばらく、子供のような言い合いをしていた。初対面の相手とこんなに話せるなんて、思ってもいなかった。

 気付くと、見上げた空には、真ん丸に戻った月と夏の大三角が仲良く浮かんでいた。

「ここも、結構楽しそうだな」

「私は嫌いだよ。誰も、私のことなんて気にしてない。気付いてない。いなくなったって、すぐに忘れられる」

「・・なんで諦めるんだよ。言や良いじゃないか。無理にでも、気にさせればいいだろ。諦めて、後悔して、辛くなるだけだろ」

 ――満月が、歪んだ。

*   *   *


 予想に反して、誕生日はやって来た。もっとも、無事にとは言い難い。甘党の友人にせがまれて初めて作ったケーキは、ちょっとお目にかかれない代物になった。

 この頃には、人々は次の祭の口実を探していた。相変わらず、地球は度し難い人間を載せて回っている。世界を捨てようとした、私も一緒に載せて。

 そして、平凡な毎日が始まる。

 ――そうだ、屋上の鍵。見つかる前に、新しく付け替えておこう。        


おまけ

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