夜のぬいぐるみ

 それは、私がまだ幼い時分のことだった。

 夏休みに訪れた祖父母の家で、騒ぎ疲れた私は、易々と眠りについていた。
 その頃は他のイトコ達も示し合わせて同じ日に来ることが多く、短い間だったが、私は、沢山の兄弟ができたような気がして、随分とはしゃいでいたのだ。
 隣には私同様のイトコが眠り、その部屋には、五人ほどが詰め込まれるようにして寝ていた。
 
 夜中に、ふっと眠りが途切れたのは、珍しいことだった。
 今でもそうだが、一度眠りについた私は、そう簡単に目覚めることがない。
 だからあれは、やはりただの夢だったのかも知れない。

 目を覚ました私は、ぼうっとしていた。
 何かに呼ばれたような気がしたのだが、すっかり眠りきっているイトコ達からは、いびきの音はするものの、何も感じられなかった。
 何だろうと、天井を見上げたままぼんやりしていた私の視界に、小さなもこもことした手が映った。

「こら、お前。私はここに居るのだ。連れて行こうなどと、断じて思うなよ」

 何、と思ったのだが、声も上げず体も起こさず、網に捕らえられたようにして、すうっと眠りに落ちていった。

 翌朝、徐々に目覚めて騒ぐイトコ達の中で眠りの残滓を引きずったままの私は、寝る前に頭の上に置いていた、鼠のぬいぐるみを見た。
 やけに愛らしい目をしたそれは、祖母のものだった。ただ、その前の晩に私が譲り受けていた。
 譲り受けた――貰ったのだ。
 普段、さしてぬいぐるみに興味はなかったのだが、何故かそれには目を惹かれ、祖母と色々と話をしては、ある一言を待っていたのだ。

「そんなに気に入ったなら、持って帰るかぁ?」
 
 訛りのある言葉で、祖母ははっきりとそう言った。
 呉れるという言葉を待ち受けていた私は、即座に肯くと、意気揚々とそのぬいぐるみを抱えて、寝床に向かったのだった。

 そうして夜、視界に入った手は確かにこれだったと、私は確信していた。

 結局その年、貰ったはずのぬいぐるみは、こっそりと置いて帰った。
 元にあった場所に戻して、祖母には何も告げなかった。
 きっと、気付かないか私にあげた事実を忘れているかするだろうと、思ったのだった。
 もしそうならなければ、きっと忘れ物として宅急便で送られてくるだろうと思ったけれど、それならそれでもいいと、少し未練の残っていた私は考えていた。
 
 鼠のぬいぐるみが、送られてくることはなかった。

 それから十年と少しが経って、祖母と、それに続いて祖父が亡くなった。
 あのときのことが夢でなければ、鼠のぬいぐるみの中にいたものは何だったのだろう。
 妖怪か、神か、霊か。
 そのくらいしか思い浮かばないけれど、そのどれでもないような、どれでもいいような、そんな気もする。

 葬式の後、穏やかに残ったものをどうするのかと話し合う親戚達を置いて、私はこっそりと祖母の部屋に入った。
 そこにはまだ、あの鼠が居た。

 特に惹かれるものはないのだけれど、手を伸ばした。
 ――今度こそは、家に連れて帰ろう。



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