携帯電話

 暗い夜道。

 もっとも、暗いと言っても街灯がある。軒並み営業時間外の商店街とはいえ、完全に真っ暗になるはずがなかった。

 そこを、一人の少女が歩いていた。片方の耳に携帯電話をあてている。背負った白とオレンジの鞄と二つにくくった長い髪が、一歩進むごとに仲良く揺れる。ロボットのような、ぎくしゃくした動きのせいだった。

『――で、見てみると、びっしりと小さな手が生えていて・・・』

「わーっ」

 人気のない通りに、切羽詰った、だがどこか情けない声が響く。

 居間でテレビを見ていた金物屋の主人が、一瞬怪訝そうに窓を見やったが、何をするでもなく、再び目線を戻した。

 そんなことが、少女に判るわけがなかった。だが、自分の声に身を竦め、両手で強く、携帯電話を握り締める。

「誰がそんな話しろって言ったよ、バカっ。チカン避けに電話しろって言ったのお前じゃないか。怪談なんかするなよ」

 少し泣きの入った声。ただでさえ、怖い話を本気で怖いと思ってしまうのに、夜道に、たった一人で聞かされてはたまったものではない。

 だが、相手の声は変わらない。飽くまで淡々と、むしろ楽しそうにさえ聞こえる。

『俺、かけてきたら怪談するって言っただろ?』

 言った。確かに言ったが、冗談だと思っていた。

 少女は、「それはそうだけど・・・」と語尾を濁してしまう。

 間があった。その一瞬がたまらなく怖くて、少女は体を固くする。建物の隙間に、何か得体の知れないものがいはしないか。店の看板の裏から、奇妙な生物が飛び出て来はしないか。

 馬鹿げた事と思いつつも、全否定には至らない。自分の中途半端な想像力が恨めしかった。

『切れば?』

「・・・・怖い」

 あっさりと放たれた言葉に、悔しいと思いながら従えない。このまま一人で帰るなんて、到底考えられない。

『じゃ、次の話。えーっと、これはねえ・・・』

 少女は、心中「ばかやろーっ」と叫んだ。思わぬ肝試しに、足が重くなる。そうすると、恐怖の時間は益々延びるのだった。

 他の友人に電話をかけ直せば良かったと、気付いたのは、家に着いた後のことだった。



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