あるひのこと

「もう、冗談じゃない。どうしてこんなに問題が多いのよ、ここは・・・」

 そしてどうして、その受け付け先が教職員ではなく生徒会なのか。

 そういうものなのだと、それが学校の方針なのだと判っていながらも、悠は何度目になるのか数える気にもならない呻き声をもらした。

「はい、お茶」

「ありが・・・先生・・・。どうしてお茶なんて淹れてるんですか・・・」

 教育実習中の、(仮)教師を見て、悠は更にげんなりとして言った。

 しかし、ありがたく湯のみは受け取る。梅雨が明けたか明けないかの蒸し暑い時分であり、中身は用務員室ででももらったのか、氷の浮かんだ麦茶だった。

 教師の卵は、にっこりと微笑んで、生徒会室内を示した。

「だって皆、死んでるから」

「・・・勝手に殺さないでください、縁起でもない」

 頭痛がするとでも言うように額を押さえるものの、実のところ、悠も似たような感想だ。

 生徒会長の悠を筆頭に、副生徒会長、書記に議長、会計・・・と、運動部部長などどちらかといえば補佐のはずの面々も入れて、今部屋にいるのは全部で九人。全員が集合すれば、十七人になる。

 全員、暴れ疲れた陸の魚のようにぐったりと、廃品利用のソファーやイス、あるいは床に体を投げ出している。一応の体裁を保っているのは、悠くらいのものだ。

 比喩として、「屍累々」と言えなくもない。

 何しろ、文化祭間近で問題の起こらない日はない。それでなくても、日頃、何かと騒動が持ち上がるというのに、だ。

 部活間の揉め事は日常茶飯事(しかも、どこか楽しんでいる風もあるから厄介だ)で、部によっては「爆発しちゃいました〜」と言いに来りもする。商魂たくましく、過去の試験問題やノートをオークションを設けて売ろうとした者もいるし、学校黙認の便利屋までいる。

 そしてその大半の処理が生徒会に一任されるのだ。教師陣が処理する場合にも、まずは生徒会のところに届き、無理だと判断してからになる。

 発生した事件の数々は、全てが生徒会に届けられると言っても過言ではない。

 卵教師は、近くの椅子を引っ張って来て悠のやや斜め横に座った。

「大変だね。どうしてこんなことやってるの?」

 にこやかな笑顔でさらりと言われ、悠は言葉に詰まった。そういえば、どうしてだろう。

「・・・でも、先生も昔役員だったって聞きましたけど?」

「おれはね。一年のときに学校休みすぎた上にいたずらしまくってて、真面目に仕事したら進学させてやるけどどうだって持ちかけられたんだ。それに釣られて生徒会に入ったら、問題起こしても自分で全部何とかしなきゃいけなくなったから、いたずらもほとんどしなくなったよ。あれは、先生の作戦勝ちだね」

 とんでもない経緯に、悠は「で、海原さんは?」と訊かれても、唖然と卵教師の穏やかな顔を眺めていた。

 「おーい?」と青年が悠の目の前で手を上下に振ると、ようやく我に返った。しかし、その直後に近付いてくる騒がしい足音に、悠はうんざりとした、しかし引き締まった表情で開け放してある入り口に目を転じた。

「セートカイチョー、来て!」

 はっきり言って、校内での悠の知名度(本名は知らなくても、顔と肩書きは知られている)は、軽く校長を上回る。

「その前に何があったのか言って」 

「男子が教室で花火してるの!」

 息を切らして駆け込み、とんでもないことを言った見知らぬ女子生徒をまじまじと見て、溜息をつく。本当に頭痛がしてきた。

「原君、安成君。それと美貴ちゃん」

 窓際で床に直接伸びていた長身の男子生徒と、壁にもたれて軽く寝入っていた坊主頭の男子生徒とソファーに倒れ込んでいたつり目の女子生徒が、呻きとも返事ともつかない声をだして、疲れた目を悠に向けた。きっと自分もこんな眼をしているのだろうと、悠は軽く溜息をついた。

「溜息つくと、幸せが逃げるよ」

「知ってます。――行って頂戴」

「はーいー」

「教室どこ?」

「行って来まーす」

 いざ行動となると素早い三人は、長身の男子が教室を訊いて、坊主頭と連れ立って一足先に走って行き、つり目の女子は報せに来た生徒と並んで足早に去っていく。

 それらを見送って、悠は部屋の時計を見上げた。もうしばらくしたら、下校時刻だ。文化祭準備の過剰を避けるため、放送が流れたら悠たちは見回りに行かなければならない。残ろうとする生徒を、半強制的にでも帰らせるためだ。

 厭な上に面倒な仕事だ。それは生徒会の仕事全てに言えることだが、少なくとも退屈だけはしないで済む。

 ああ、と、悠は思った。卵青年を見る。

「先生、訊いていいですか?」

「それ、もう訊いてるよ」

 もっともなことを言って、笑って先を促す。悠も微笑した。

「どうして、先生になろうと思ったんですか?」

 卵の青年は、目を細めて笑った。苦笑したようだった。

 気付くと、残っている他の役員たちが興味津々といった面持ちで二人を見ていた。青年も、そのことには気付いている。苦笑が深くなった。

「散々苦労させられたから、少しくらい、偉そうな立場になりたいと思ったんだったかな?」

「もっと遊びたがってるのかと思いました」

 にやりと、卵教師は笑った。きっと、同類だと悠は確信する。

 そして――悠にだけ聞き取れるくらいの声で、青年は呟いた。

「だから、息抜きに来たんだよ」

 それから少ししてから、独特のノイズが先行して、下校を促す放送が流れた。




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