相棒

時実月夜さまの「相棒」という絵に喚起されて書きました

 がたりと、揺れた拍子に身動きして、そんなことができる自分にはっとする。

「なんてこった」

 あのままあそこにいれば、動けるはずもないというのに。

 つまりは、あそこから動かされてしまったということだ。誰がやったかは知らないが、冗談ではない。

 二、三屈伸をして、周りを見てみると、やたらに狭苦しいところだった。

「気付いたか」

「おう。で、ここどこだ?」

 相棒を見遣って訊く。相棒は、知らんと短く返す。

 気付いた時間に大差はないだろうので、それも当然のことだった。むうと首を捻って、台から飛び降りる。床や他の台にも、木彫りの狛犬が転がされていた。

「こいつら、仲間か?」

「中身がないから、正確にはそう言い難い」

「あー。まあ、そういうもんか」

 淋しいな、と思うが、言うまでもない。相棒と目が合っただけで同じ感想が読み取れて、やれやれと溜息をついた。

 それでどうする、というのも、相談する必要もない。

 決まり切ったことで、戻るだけのことだ。

「こいつらは?」

「動けないなら、仕方がないだろ。そうなったら、ただの物だ」

「そりゃあ、そうだけどさー。放っておくのも気がひけるよな」

「・・・甘すぎるぞ」

「そうかあ?」

 溜息をつく相棒に、笑い返す。

 そこでぴくりと、揃って音を拾った。足音が下りてくる。ここは地下で、誰かがやってきたようだった。

 相棒と見交わして、それぞれ、元の位置に戻る。

 入ってきたのは、目だけが飛び出すような、貧相な男だった。両手に木像を――小さな仏の像を、持っている。

 男は、乱雑にそれを置いた。冷めた目で、狛犬たちや仏像を見遣る。

「こんながらくた、ちゃんと金になるのかよ」

「おい、早く来いよ。配分決めるらしいぞ」

「ああ、今行く」

 階上からの声に応じて、男は去って行った。鍵をかけたらしい音が残る。

 足音が去って行くのを待って、うんざりとしたように、相棒と視線を交わした。

「売られるの、おれら?」

「そうらしいな。不届き極まりない」

 穏やかな口調が、逆に厭だ。こういうときに限って、烈しく怒っているのだ。それはもう、手に負えないくらいに。

 うわあと心の中で呟いて、じりと後ずさって距離を置いた。

「安心しろ。人死には出さない」

「それって最低限って言うか全々安心できないって」

 遠い昔に約束したそれは、大前提であり、安心できる理由にはほど遠い。それでも、なんとなく笑ってしまった。

 とにかく、何をするにしても次に鍵が開いてからと、室内の散策を始める。それでなくても、策を練るのは相棒の仕事だ。

 ほこりっぽく、何か色々と積み重ねられている上に、仲間――抜け殻であってもやはりそう思える――が転がっていて、気分のいいものではない。

「なあ、おれたちは好きに動けるとして、こいつら、どうする?」

「大丈夫だろう。気になるなら、隅にでも避難させておけばいい。それよりも、早く戻らないと、また――」

「動く呪われた狛犬とかって、小学生の見学ツアーがくまれるな」

「笑い事じゃないぞ」

 そもそもは由緒正しい神社なのに、から始まって、近頃じゃあ掃除さえろくにされない、と溜息で終わる。聞き慣れた愚痴だ。そして、哀しい現実でもある。

 相槌も返さずに聞き流しながら、歯形が残らないよう注意しながら、木彫りの狛犬たちをくわえて引っ張る。置きようによっては、なくなったと勘違いしてくれるかも知れない。

「何人いるか知らないが、驚かせて、警察にでも駆け込ませるか」

「了解」


 その機会は、しばらくしてからやってきた。


 空き箱を抱えていたから、おそらくは運び出すつもりだったのだろう。

 部屋に入ってきた男たちは、はじめ、何か動く物に仰天した。その上、灯りに照らされた場所に、置いていたはずの木像の狛犬五対と仏像二体が姿を消していることに、目を丸くした。瞬時に、誰の仕業かと、水面下のさぐり合いが始まる。

「まて、さっきの影は何だ?!」

 一人が発した言葉に、我に返る。そこまで馬鹿揃いでもないようだった。

「知りたいなら教えてやろうか」

「――何?」

 警戒している男たちの前に現われたのは、大きな狛犬だった。床に乱雑に積み上げられた箱の陰から現われたそれは、見る見る大きさを増し、威圧的にのしかかってきた。

 しかもそれが、二匹。

「ひッ」

 しゃくり上げた声と、その拍子に足が引っかかったアルミの缶の音に、二人が、どたばたと部屋を駆け出していった。残された二人は、魅入られたように立ちすくみ、脂汗を滲ませている。

「ほう、逃げないか?」

 鼠をいたぶる猫のような、上からの声に、二人はいよいよ硬直する。

 大きな一対の狛犬のそれは、左側が恐ろしげな顔のまま凄み、右側がにたりと笑った。

 そうして、右側が大きく口を開けて近付いてくると、二人は、息を止めてそのまま、意識を手放したのだった。



「あれ、呆気ない?」

「こういったことをやる輩に限って、迷信深いということもあるからな」

「そんなもんかあ」

 納得しつつ首を傾げて、相棒を見遣る。その視線には、二人をどうする、と尋ねる意も含んでいた。

 応じて、一人の襟首をくわえる。交番にでも引っ張って行くつもりだと知って、もう片方をくわえる。仲間たちに対するよりもずっと気遣わなかったのは、当たり前といえば当たり前のことだ。自分たちに危害を加えかけた奴に、かける情けはない。

 部屋から完全に身体を引っ張り出したところで、一旦休む。相棒が、男たちの身体を探り、鍵を引っぱり出したためでもあった。逃げ出した二人が戻って仏像や仲間たちを運び出してしまっては厄介だ。

 器用に、口でくわえて鍵をかけるのを見ながら、ふうと溜息をつく。

「社で聞いてるだけだとそうでもなかったけど、随分と荒んでるよなあ。また末世か?」

「さあ、どうだろうな。愚者は、いつでもいるものだ。それに、本当にいい世なんて、今まで果たしてあったのか?」

 そう言われると、わからない。

 それでなくても、自由に動き回れるわけではないのだ。生みの親や社の神様が確と存在していたころは、まだできることもあったが、今では、人の睡眠のように不連続に意識が戻ったり去ったりするだけだ。

 しかし、まだましなのだ。

 ごくわずかながら、お社の神様を信じてくれる者がいるから、意識も戻る。こうやって、危地に陥ったときに動き回れるだけの力も蓄えられる。それもやがては、さっきの部屋にいた仲間たちと同じように、なくなってしまうのかも知れない。

 恐ろしくはないが、哀しい。

「呆けるな」

「前から思ってたけどお前、おれが黙ったら、何も考えてないとか思ってない?」

「違うのか?」

「真顔で訊かれると余計に傷つく」

 気分転換の言い合いをして、男たちを引きずることを再開する。

 空気の匂いがまだ明け方だから、そう人に見られることもないだろう。もっとも、見られたところでそう困るものでもない。大型の犬にでも見えるはずだから、仰天されはするだろうが、簡単に怪異に結びつけられもしないだろう。



 翌朝、狛犬と仏像泥棒の不可思議な逮捕劇が、地方紙の一面を飾ることとなる。

 ちなみにそれは、全国ニュースにもなったようだった。


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