――なんだここは!?
木製の扉を開けるとベルが鳴り、そしてお粗末な藁でできた、かろうじてヒトガタと判る人形が迎えた。店――のはずだが、一応――の中にはダンボールが詰まれ、そこからも、何か得体の知れない物体の数々が頭を覗かせている。
しかも、三人いる人間は、血まみれのナイフを持った俺を一瞥したきり。
魔女の館にでも入り込んだかと思った。
「看板、まだはずしてなかった?」
「いや、そこにあるじゃろう。ああ・・・大きい方ははずし忘れとるな」
「セイギ、後ではずしてね」
「ハイハイ、何でもやりますよっ、だから早く荷物詰め込んでくれ! 予定より遅れてるのわかってんだろうな」
「予定なぞ、立てんかったら遅れたと騒がずに済むのにのう」
「そういう問題じゃないだろ!」
小学生くらいのがきと、高校か大学生くらいの生っちょろい男が二人。男のうちの一人は、映画くらいでしか見ない着物姿。何とかの家元とか言うんじゃないだろうな。
「無視すんなよこるぁ!」
がきと若造たちが目を見交わす。
「巻き舌だ。あたし、あれできないんだよね」
「俺できるぜ。一時はやっててさ・・・・」
「試したこともないのう・・・」
・・・予想だにしていなかった反応だ。魔女の館、というのは間違ってなかったんだろうか。がきしか女はいないが。
「聞いてんのかよ!」
「聞こえてはいるけど?」
がきが、俺を睨み付ける。それがやけに大人びて見えて、正直、少し怖いと思った。
悠然とこちらを見る着物の男と、もう一人は、何かぶつぶつ言いながら段ボール箱に詰め込む手を休めようともしない。
「おまえら、今の状況わかってんのか!?」
右手がほとんど乾いた血で赤くなっていて、服にもたくさんの返り血が飛んでいる。右手にはまだナイフを握り締めたままで、普通なら悲鳴のひとつでもあげるだろう。
三人は、また目を見交わした。肩をすくめて、男が口を開く。
「あんまり強く握り締めてると、型つくんじゃねー?」
「誰がそんな話をしている!」
「人ひとり刺したのが、そんなに自慢か?」
着物の男が、言った。睨んではいないのだが・・・・蔑むような、そんな視線で。
――殺したくなんてなかった! ただ、悲鳴を上げようとしたから・・・黙っていれば、何もするつもりはなかったのに!
少し、金が必要だっただけで、ナイフだってただの用心のつもりだった。それなのにこんなことになって、自分でもついてないと思っていた。とどめがこれか。
「多分、一番状況が解ってないのはあなただと思うんだけど」
ただ静かに、その子供は俺を見た。底知れないひとみだと、なぜかそんな言葉が浮かぶ。
「な、なんだと?!」
「手についてる血は乾いてる。じゃあ、服に付いた血は? まだ濡れてない?」
言われてみると、服の返り血はさっきよりも広がっていた。返り血じゃ、ない?
「左の胸のあたり、痛くない?」
今まで気づかなかった痛みが、心臓を直撃する。
「どうしたの。見てみれば?」
心臓のあたりに手を当てると、手が血に染まっていく。恐る恐る見ると、縦にぱっくりと線がいっていた。ちょうど、俺のナイフを突き立てたように。
「う、うわああぁあっ・・・・!」
「そのナイフ、自分も刺してたんだよ。気付かなかった?」
ただ夢中で、その店を飛び出していた。
ダンボール箱の積み上げられた店内に、風が吹き込んだ。男の開けて行った扉が、ちゃんとしまらなかったらしい。高校生くらいの青年――セイギが、立ち上がった。ついでに、はずし忘れていた看板に手をかける。そこには、白と黒で「月夜の猫屋」とかかれている。
ひとつ留め金をはずすと、薄い埃と重量が降ってきた。
「重! ロクダイ、手伝えよ、一人じゃ無理だ」
「若い者が情けないことを」
「それ言うなら、ロクダイだってまだ若いだろ、いいから早く」
「やれやれ・・・」
わざとゆっくりとした足取りで、セイギの元へ向かう。着流しに合わせた下駄が、音を立てた。
十歳前後の少女――彰は、そんな二人を楽しそうに見ながら、不意に、表情を消した。
さっき店を出ていったのは男の中身だけで、体の方は警察病院で手当てを受けている。思い出した以上、中身は体に戻り、男は助かることになるはずだ。男が刺した被害者は死んだというのに。ナイフを向けてきた男を逆に刺した者も、振り切られて頭を打ち、遠からず死ぬというのに。
いっそ、教えずにいたかったと思う。
教えなければ、帰る場所もなく、死んだだろうのに。でもこれは、仕事だから。これが、死んでからも生きるために選んだことだから。
「彰、どこに置く?」
「・・・・ああ。送る荷物と一緒にしとけば、運んでくれるよ。見間違えようもないしさ」
「ん。じゃ、俺先行くから」
セイギが前を、ロクダイが後ろを持って看板を運ぶ。そう距離はないので、すぐに看板を下ろし、三人は店内にあったものをダンボール箱に詰め込む作業を再開した。
今日の夜には移動するから、急がなければならない。あと十時間もなかった。
「あまり、根を詰めて考えんようにな」
三時になって、半ば自棄でこんな状況でもお茶の用意をすると言い張ったセイギが店の奥に行ったとき、ロクダイが言った。
厨房からは、いつのまにか焼いていたらしいマドレーヌの甘い匂いがした。
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