憧憬

 世界が青い。空気が、光が青い。

 夕方や夜の始まりには良くそう思うけど、真夜中にそう思ったことはなかった。

 ――って言うか。

「何これ、どうなってるのよ―っ」

 住宅街真っ只中、そんなところで大声で叫んでるっていうのに、あちこちの家で飼われてるだろう犬さえ、何の反応も返さない。

 ――てことは、やっぱり・・・?

「おい、今の大声、お前か?」

「ふぇ?」

 泣きかけの顔を上げると、高校生くらいの男の日とが立っていた。従兄のお兄ちゃんに、ちょっと似てる。

「今は生身じゃないからいいけど、普段あんな声だすんじゃね―ぞ。まだ耳が痛い」

 その人は、からかうように言って、じゃ、とだけ言ってあたしに背を向けた。

「ちょっと待ってよっ」

 勢いで、タックルのようになってしまった。あたしは無傷で、男の人は・・・壁に顔面をぶつけて、揃って道に投げ出される。

 ああ、またやっちゃった。少し慌てると、周りに気が回らなくなるんだから。でも、今はそれどころじゃない。

「俺が何をしたっ」

 顔と頭を押さえながら、叫ぶ。でも悪いけど、こっちだって必死。酷い言い方だけど、少しの怪我くらい、我慢してもらいたい。

「あたしが見えるの、あなたって霊能力とかある人? あたし生きてるの、死んでるのっ?」

「・・・・は?」

「だってあたし、突然ここいるし、酔っ払いも犬も何にも反応しないし、あなた以外何にも触れなかったしっ・・・! これって、幽霊になってるってことじゃないのっ?」

 男の人は、少し考えるように間を置いてから、あたしの頭をぼんぼん、と叩いた。お父さんが昔、してくれたみたいに。そして、優しい笑顔を浮かべる。

「大丈夫大丈夫。夢を見てるようなものだから。幽体離脱って、聞いたことある?」

「うん・・・」

「それだと思えばいい。ほら、眼を閉じて」

 眼を閉じても、青い。やっぱり、世界全部が青い。そこに一筋、白い光が見えた。見えないけど、判る。これはあたしに繋がってる。

「帰り道、判ったか?」

「うん」

 ばいばい、と手を振って、あたしたちは分かれた。


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