思い出色

「服、本当にいいの?これ砂糖入ってるから、べとべとしてるんじゃない?」

「気にしないでください。あなたこそ、汚れませんでしたか?」

「それは大丈夫だけど。でも、悪いわよ」

 青年は、穏やかな瞳で私を見た。そこには、やんちゃさも含んでいる。・・・本当に、似ている。あの子にはこんなに柔らかい表情は出来なくて、やんちゃさだけだったけど。

「あ、ここです。よければ、何か食べて行ってください。何しろ、閑古鳥と親友になりそうなんですよ。これも何かの縁だと諦めて。どうですか?」

 一言で言ってしまえばぼろい、そんな店内は、意外なほどに日が差し込んで温かい。セピア色の風景に、知らずに唇が緩む。彼の勧めるままに椅子に座り、フルーツケーキを頼んだ。考えてみれば、お昼もまだ食べてない。

「食事はちゃんととった方がいいですよ。食は最大の娯楽なんですから。・・・どうかしましたか?」

「あ・・。ううん、なんだか、あなたのほうが私より大人みたいね」

「そうですか?」

 やっぱり似ている。世界に似た人が三人はいるって言うけど、これは・・似すぎじゃないかしら。

 あの子、つまり私の二つ下の弟は、いたずら好きでどうしようもない、でも実はいい奴だった。友達の間では人気があって、「あんなののどこがいいの」なんて口では言いながら、実は自慢だった。今は、憎まれ口さえ聞こえない所にいるのだけど。

「おいしい。ちゃんと宣伝すれば、閑古鳥が住み着くことなんてなくなるわよ」

「それが、閑古鳥に餌付けをしてる奴がいるんですよ」

「他の店員の人?」

「はい、とりあえず。あ、これ内緒ですよ」

 打って変わった歳相応の表情に、苦笑が漏れる。そんな顔をすると、益々似て見える。そんなわけないのに。あの子がいるなんて、会えるなんて。

「ねえ、榊正義って名前・・・知ってるわけないか」

「誰って?」

「ごめん、忘れて。あいつに似てるなんて、かえって失礼だわ」

 一瞬、彼は淋しげな顔をした。ほんの一瞬で、すぐにいたずらっ子のような顔に戻ったから見間違えかとも思ったけど、それにしてはその表情が鮮明に見えた、気がする。

「何それ。別れた彼氏とか?」

「違うわよ。弟」

「弟?」

「そう。すっごく生意気だった。いつの間にか私より背が高くなっちゃって、『未来』なんて呼び捨てにしてたのよ。あ、未来って私の名前。未来って書いてミキ」 

 彼は、くすりと笑った。馬鹿な話をしたと赤くなったけど、優しい笑みに流されるようにして先を続ける。・・そう言えば、まだ名前を訊いていない。まあ、後でも訊けるか。

「本当に私より後に生まれたのか、なんて疑ったこともあったわ。ずるいわよ、男って。最初の方はサボってて後ろにいるのに、気付くと追い越してるんだもん。一生懸命走ったって、すぐ後ろを追いかけるのが精一杯。こっちを見てからかったりはするのに、待つとか合わせるなんて考えもしないのよね」

「それって、弟のこと言ってるの?それとも、世間一般の男?」

「わからない。わかんなくなってきちゃった。でも一緒よ。マサも私を置いて一人で行っちゃったんだもん。お父さんやお母さんはちゃんと待っててくれるのに。ひどいよね・・・」

 段々、何を言ってるのかわからなくなってきて、意識が沈んでいく。彼が、何か言ったような気がした。・・・私の、なまえ・・・?

*   *   *


 目を開けると、よく知らない場所だった。数秒考えて気付く。・・・ここ、案内されたお店?電気のついた店内の、時計を探す。いくら冬が近いといってもこの暗さは夜の領域だ。

「あ、起きた。頭とか痛くない?」

「え・・・うん・・・ねえ、今何時?」

「八時。起こそうとしたんだけど、起きなくて。ごめん」

「ううん、これは私の寝起きが悪いからで」

「いや、多分フルーツケーキのブランデーが効いたんだと思う。俺が作るの、市販のよりアルコールがきついから」

 ・・・まさか、こんなところでアルコールの弱さを発揮することになるとは。

「ごめんなさい、長居しちゃって。いくら?」

 意外に安い料金を払いながら、アパートの部屋のことを考える。親元を離れているから門限のことを言われることはないけど・・レポート、今日中にまとめようと思ってたのに。

「・・ねえ、私酔って何か変なこと言わなかった?弟のことを話してた途中までは覚えてるんだけど」

「特には」

「そう。良かった」

 酔った勢いに任せて人に言うようなことじゃない。でもひょっとしたら、私に気を遣ってくれたのかもしれない。

「それじゃあ、今日は本当にごめんなさい。ジュースかけちゃった上にこんなこと・・」

「それより、今度は友達でもつれてきてください」

「ええ」

 ここでようやく、疑問を感じた。こんな時間まで一人なんて。てっきりバイトだと思ってたけど、違うのかしら。勝手にマサと同じ高校生だと思ってたけど、実はもっと年上なのか。それとも、奥には店長でもいるのか・・・。

 訊こうとも思ったけど、出来なかった。会ったばかりでそこまで訊くのも失礼だと思うし。

「それじゃあ、お邪魔しました」

「・・・・あの、ご両親は、元気ですか?」

「ええ・・・?」

 変なことを訊く。・・・私は、話してしまったのだろうか。三人事故のことを。そう思って見返すと、真剣なまなざしにぶつかった。それは、似ているなんて代物ではなくて。

「ねえ、ひょっとして・・」

「また来てくださいね。今度はアルコールには気をつけますから」

 そう言って、彼は店の扉を閉めた。

*   *   *



 扉を閉めると、セイギはそのまま座り込んだ。入って来れないように鍵だけ閉め、扉を背にする。

「何がずるいだよ、未来のほうがずるいんだぞ。俺は、堂々と酒を飲める歳になんてなれなかったんだからな。無駄になんてしたら、祟り出てやるからな」

 未来に届くかなんて知らない。ただ、言いたかった。  

思い出色


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