その日は、きっちり朝から晩まで休業中だった。
そもそも、喫茶店兼雑貨屋及び何でも屋の『月夜の猫屋』は、仕事収めの二十八日から仕事始めの4日まできっちりと休業日を取る。何しろ、元々人の入りの少ない店なのだから、開けているだけ無駄というものだ。かくして猫屋は、昨今珍しく『年始年末にお休みする』店となっている。
だが、だからといって仕事が減るわけではない。むしろ、大掃除やおせち作りで開店時よりも忙しくなる。その上、本業の『幽霊達の迷子センター』としての仕事は、休みなどあるはずもない。
ところがその日は、本当に『休業日』だった。おかげで、店内大掃除を十分に出来たのだった。その日――十二月三十一日に。
――午前八時十四分、掃除開始
「うわ―、凄いほこり。毎年やってこれだったら、掃除しなかったらどうなるんだろうね?」
「彰、無駄口叩いてないで掃除しろ」
いつものエプロンではなく、使い古されてぼろぼろになったエプロンをつけ、彰に雑巾を投げ渡す。ロクダイは、いつも通りの服装で、器用にほこりを逃れながら掃除機をかけている。足元は、彰が言うように大量のほこり。
雑巾を受け止めた彰は、素直に床を拭いていく。
上から下にかけて、というのが掃除の基本なのだが、この調子では床そうじをした後にもう一度、テーブルなどを拭いていくしかなさそうだ。
「ねーセイギ、モップ買おうよ。雑巾で床拭きなんて、小学校の掃除じゃないんだから」
ロクダイが掃除機で吸い取った後のはずなのだが、雑巾はすぐにほこりにまみれてしまう。セイギの雑巾も同様だった。
「駄目だ。買うなら、無駄遣いを何とかしろ」
誰の、とは言わない。三人ともが、それぞれに無駄遣いをしているのだから。
「こっちは終ったぞ。セイギ、ここを拭き終えたら昼にせんか?」
「そうだな」
――午後一時ごろ、昼食
――午後四時ごろ、拭き掃除終了
「それじゃ、各自いくか」
セイギの一言をきっかけに、それぞれの分担区へと散る。セイギはキッチンに、ロクダイは店の外に、彰は二階の応接間に。それぞれの部屋は、昨日のうちに掃除し終えている。
「終ったら、キッチンに来てくれよ」
「わかってるって」
「わかっておるよ
――午後四時二十三分、店回り終了
――午後四時五十七分、応接間終了
――午後七時ごろ、大掃除終了
彰が、店のテーブルに突っ伏している。ロクダイも、やや疲れ気味に自分で淹れたお茶を飲んでいる。
「疲れたよー」
「年寄りには、ちいとばかり厳しかったのぉ」
「だよね。なのにセイギってばさ。絶対人間じゃないよ、あれ」
二人の脳裏を、嬉々として掃除をしていたセイギがよぎる。セイギの努力と彰、ロクダイの犠牲のかいあって、店内はかなりキレイになったいた。
自称「年より」の二人だけが、ほこりをめいいっぱいかぶったせいで薄汚れている。
「あれ、ここでそば食べるのか?」
同じく薄汚れているセイギが、エプロンを取り替えて店のほうにやってきた。対する二人は、力なく首を振るだけだった。
――午後七時二十分、紅白開始
居間で蕎麦をすすりつつ、現在では視聴率が落ちたという紅白歌合戦を見る。
――午後十一時四十五分、紅白終了
――午前零時丁度、新年到来
一回の喫茶店にいた三人の耳に、足音が聞こえた。なるべく音が立たないようにしているものと、羽音。
「Happy new year ! 」
「くるっくー」
長い髪の少女とふわふわした真っ白な鳩とが元気よく扉を開く。彼女達が真っ先に目にしたのは、誰もいない空間だった。
「あれ? いつもはここに・・・・きゃっ」
「いらっしゃい」
「お待ちしておりました」
「ごゆっくりどうぞ」
少女の背後から彰が、扉の後ろからロクダイが、彼女達が来たはずのキッチンからセイギが出て来る。一人と一羽は、大きく目をみはった。
「驚きましたよー」
そうは思えないほどにのんびりと、少女が言う。
一斉にふきだした一同は、手近な椅子に座り、セイギの持ってきたお茶を手に取った。
「あーあ。驚かせようと思ったのに、逆に私が驚かされちゃうなんて」
「だって多優、いっつもこの時間ぴったりに来るんだもん」
「そうか。今度からは時間をずらせばいいのか。頑張ろうね、とりさん」
「くー」
お茶と和菓子を片手に、他愛もない雑談が始まる。
毎年恒例となった猫屋での会合だった。
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