雪景色

 雪が降った。裏の山に登ると、僕のお気に入りの場所――そこだけ開けていで、木のないちょっとした広場のようになっている――は、真っ白になっていた。

 何か凄く、嬉しい。

 雪をかぶった風景は、いつもと違っていて。見慣れているはずのものが新鮮で、別の世界にでも迷い込んだような気分になる。

 楽しくてつい、冷たいとわかっていながら、雪の上に仰向けに寝転んだ。空が青い。そしてやっぱり、冷たい。いくらナイロン素材の上着とズボンでも、びしょ濡れになってしまうだろう。まあ、仕方ない。

「風邪ひいちゃいますよ?」

 ひょいと、女の子が深雪の上に降り立った。・・・木もないはずなのに、どこか高いところから飛び降りたような感じだった。セミロングの、僕と同じくらいだろう中学生くらいの女の子。人口の少ないここでは珍しいことに、知らない顔だった。他所の人だろう。

「はじめまして。タウといいます」

「あ、はじめまして・・・・?」

 とりあえず体を起こしたものの、どうすればいいのか判らなかった。少女は、少し困ったように微笑んだ。

「突然すみません。驚かしてしまいましたか?」

「うん」

「ご、ごめんなさい。ええと・・・それでは! お邪魔しましたっ」

「あ、いや・・・」

 別に悪いとも言ってないのに、慌てて、雪の上を危なっかしく走っていく。あとには、歩幅の小さな足跡が残っていた。

 しばらくはぼーっとそれを見ていたが、立ち上がって、服についている雪を払う。思ったより濡れてないのは、時間が短かったからだろうか。

 何の気なしに、少女の後を追う。

 木の下を歩くと、枝や葉に遮られて、地面に積もる雪がずっと少なくなっているのが判った。そのせいで、少女の足跡も判りにくくなっている。一本の老木の前あたりに来ると、全く判らなくなってしまった。

「ん?」

 老木は、山桜だった。毎年春になると、山桜よりも白い花を咲かせていた。でも今は、立ち枯れている。

 その根元に、若い枝があった。多分、去年の春頃に芽生えたのだろう。同じ山桜だった。

 ただそれだけのことだけど。自分には、特には関係のないことだけど。嬉しかった。

「ありがとう、タウ」

 あの少女が教えてくれたような気がして、そう呟いていた。

*   *   *


 黒い上下の少年が走るのを見送って、多優はそっと息を吐いた。その体は、木々の先端ほどの高さに浮いている。

「どうしたの、多優」

「麻里さん」

 気だるそうで、それでいて心配してくれているのが判る相棒の様子に、多優は苦笑めいた笑みを返した。

 今回の二人の仕事は、発芽後一年と経っていない山桜の木に、少しばかりエネルギーを与えることだけだった。ついでに、多優の出会った少年にも「小運」の配達があったが、わざわざ姿を現す必要はなかった。

 だから突然多優が少年の前に姿を現したとき、麻里も驚いたのだ。

「・・・雪、嫌いです」

 ぽつりと、多優は言った。

「あんな風に倒れてたんです。自分で言うのも変だけど、ただ眠ってるだけみたいでした。何もなかったように起き上がるんじゃないかって、ずいぶん長い間見てたんです」

 多優は、雪の日に足を滑らせて死んだ。死んで、その意思を買われ、今はこうしてここにいる。それでもどうしても、「その時」のことは忘れられないでいる。それは麻里も、他の仲間たちも同様だった。

「彰さんが言ってました。桜の木の下で殺されたから、それからずっと、好きになれないんだって。彰さんと比べるなんておこがましいですけど、私もそう思うんです」

 多優にこの仕事を、こういった「生き方」を教えてくれた仲間の名を言って、多優は哀しそうに微笑んだ。そして、吹っ切るように伸びをする。

「さて。次ぎ行きましょう? 長居しちゃって、すみません」

 いつものように明るく振舞う多優に、麻里は苦い微笑を浮かべた。先に動いた多優を追って上空に上ったため、眼下には白銀の世界が広がっている。山一面、村一面に。それは、見事な光景だった。

「ねえ、多優」

「はい?」

「私が死んだのは火事だったわ。だから火は嫌いなの。焚き火もよ。でも、雪も桜も好きだわ」

 少しばかり強張った表情で麻里を見る多優を見て、麻里は笑んだ。考えてみれば、多優とは孫と曾祖母以上に歳が離れているはずだった。外見は二、三程度しか離れていないように見えるが、実際にはこうして話すことなどできなかったはずだ。

 世の中って不思議なものねえと、麻里は心中で呟いた。皮肉ではなく、素直に。

「彰も雪が好きで、降ると馬鹿みたいにはしゃいでるのよねえ」

 一度言葉を切って、麻里は多優に微笑みかけた。

「嫌いなものは仕方ないわよ、放っておきなさいよ。代わりに、好きなものを増やしなさい。楽しまなくちゃ損よ?」

 驚いたかおをした多優を置いて、麻里は、今度は逆に一足先に次の場所へと向かった。

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