無意図の意図

 未練が残っていると告げられ、それはそうだろうと、思わず笑ってしまった。

「殺されたら、未練のない方が少ないと思わない?」

 そう言うと、ロクダイという珍妙な名を告げた青年は、苦笑したようだった。つられて、私も笑う。

「毒気のないお嬢さんじゃのう」

「そうねえ、もっと私に毒気があったら、先に姉さんを殺してたんだろうけど」

 そう、実の姉に遺産狙いで殺されることなんて、なかっただろう。もっと、色々と考えて、楽天的でなかったら。

「して、どうする。気にかかったことがあるなら、一人だけになら会っていけるが」

「一人、ねえ」

 正直、死んだらそのまま素直に眠りたいところなのだけど、こうやって残ってしまった以上、何かがあるはずと青年は言う。

 人間の思考って、案外あてにならない。

「あっ。ねえ、一人じゃないと駄目?」

「ああ。悪いが、何人もと・・・」

「そうじゃなくて。家の裏に、餌をねだりにくる仔がいるの。会うなら、その仔に会っていきたいわ」

 青年は、驚いたように目を見張って、いいと言ってくれた。

 きっと私の未練は、それだろう。



 最後の肉親の葬儀を終えて家に帰りつくと、ひんやりと冷たい家が迎えてくれた。

 これで今日から、この家も、残されたお金も、私一人のものだ。美菜――たった一人の妹の死を、怪しむ者は誰もいなかった。それどころか、私に同情さえしてくれた。

「やったわ」

 純真無垢といった体のあの子には、いい加減うんざりしていたのだ。

 自然と、笑いがこみ上げてきた。

 それでも、風呂に入って眠ろうかと立ち上がる。明日はまだ休めるけれど、明後日にはまた仕事の日々だ。遺産を継いだところで、大金というわけでもないのだから、働けるうちは働いた方がいい。

 風呂上りに祝杯でも挙げようかと台所に行くと、ぎいと、開いていた裏口の戸が動いた。美菜が戸締りをしたきりだから、あの子が閉め忘れたらしい。本当に、何をやらせても抜けている。

「――っ!」

 わずかな隙間から光るものが見えて、咄嗟に身を引いた。悲鳴を飲み込んだのは、それが子猫と判ったからだ。

 近くの野良だろう。こんなものに驚いたと思うと、腹立たしい。

「っ、このっ」

 強く扉を押し開けると、ぶつかったらしい音がした。

「全くもう」

 思わず呟いて扉を閉めて、鍵をかける。祝杯の用意をする気も失せて、背を向けた。

「姉さん」

「・・・!?」

 背筋が凍りついた。もう一生、聞くはずのない声。動けずにいると、足音が回り込んで、見間違えるはずのない顔があった。

 珍しく、怒っている。

「どうして、あの子は何もしてないじゃない! どうして姉さんは――」

「いやっ!」

 身を翻して、強張る指で裏口の鍵を外して、裸足のまま外に飛び出した。道路に出ようと、玄関の方へと走る。待って、というあの子の声が聞こえた。

 道を走るうちに、車のライトが当たり、危ないと思ったときには、遅かった。


「ひどい・・・どうして・・・」

 動かなくなった猫を、見つめることもできずに涙がこぼれた。

 姉がこの仔を殺すところを、見てしまった。この仔に会えなかったからか、姉には、私が見えたようだった。別に、会いたくもなかったのに。

 自分勝手な、あの人になんて。

「・・・行こうか」

 いつの間にか青年が、傍らに立っていた。

「・・・あの人は。どこに行ったの」

「車に轢かれて、生死の境をさまよっておるよ。帰るのを待つには、時間がない」

「死ねばいいのよ、あんな奴!」

 私を見る青年の顔は、能面のように静かだった。

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