声が聞こえる。
押し殺した、途切れ途切れに聞こえる声。それは、悲鳴といっても差し支えなかった。頭に響いて、どこから聞こえるのかも判然としない。
それを止めさせようと周りを見るが、混乱しているのか、視線が定まらない。地震の時の監視カメラの映像を見ているかのようだ。暗いから余計に、物の輪郭がぼやけて見える。
その中を、一人の男がよぎった。
正確には、私が男を一瞬見た、というべきだろうか。
「・・・何をしておる」
二十歳くらいにしか見えない男の姿が、揺れる。上下左右と、少しも定まらない。
悲鳴は、まだ聞こえている。
少なくとも、この男ではないようだ。男は、闇に浮かぶかのような白い顔をしていた。視界が動いて、どんな表情なのかは判らない。
「何故、口を塞いでおるんじゃ」
手。
言われて始めて気付いた。両手が、きつく自分の口を押さえている。そして押さえられている口は、痙攣しているかのように、小刻みに動いている。
いや、口だけじゃない。手も、体も。全てが、小刻みに動いている。止まらない。止めようがない。
「た・・・た・・す、け・・・」
男は、至極冷静に私を見下ろしている。気がした。視界が揺れていて、表情と同じく、良く判らないのだが。
そして不意に、男が、長い棒を持っていることに気付いた。それを構える。私に、その先を向ける。揺れる視界の中で。ただ、それだけだった。
だが、判ってしまった。この一見無害な棒が、私にとってとてつもなく危険である事に。
「や・・・・めろ・・・・・い・・・や、だ・・・」
死にたくないと、生きたいとしか考えられないでいる一方で、酷く落ちついているのが判った。
「もう、限界じゃよ」
男の棒が、私の体を貫いた。ようやく、揺れていた視界が固定される。男の白い顔が、はっきりと見えた。体は逆に、服のせいか闇に溶けている。
男の噛み締めるような唇が、やけにはっきりと見えた。これが、死の瞬間なのか。
――何、構わない。
奇妙に明るく、薄れゆく意識の中で思った。どうせ、死んでいたのだから。
悲鳴は、もう聞こえない。
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