いつの間にホラー映画の中に入りこんだんだと、この期に及んでまで馬鹿げたことを考える。
一度お前の頭の中を覗いて見たいと、何人にも言われた。俺も、そう思う。こんな状況でまで、馬鹿馬鹿しいことが思い浮かんでるんだから。
こんな状況――人にも見えるよくわからない化け物に追いかけられる、今。
ホラー映画なら、このままジ・エンド。
ヒーローものなら、中盤以降なら助かるかもしれないが、冒頭ならやっぱり終わりだ。
「たっ、たすけ・・・っ!」
「はーい。セイギ、遅い」
「初めてなんだから仕方ないだろ!」
突然、俺の声に反応するかのように出現した二人に、あんぐりと開いた口が塞がらない。
一人は小学生くらいの、多分、女の子。
もう一人は高校生くらいの、男の子。
二人とも、青い長細い棒を持っていて、化け物と俺の間に立っている。小学生くらいの子の方が場慣れしているように見えるところが――いや、二人の会話からしてもそうなのか、なんだか妙な感じだった。
ヒーローものの中盤?
思わず、カメラを探す。日本では少ない気がするけど、一般人を巻き込んだドッキリ?
「走るのに初心者は関係ないと思うよ」
「これがあるだろ、これ!」
そう言って、少年が手に持った棒を示す、少女は、ふうんと言う。
少年はともかく少女は、一瞬たりとも、ずりずりと近付いて来る化け物から目を離していない。
「怖いんだ?」
「そっ・・・それは・・・」
「怖がって合格。持ってるものの威力も知らない奴に、隣になんて立っててほしくないよ。でもそれと、とろいのとは別」
ばっさりと。
わけが判らないなりに、聞いていて、少し少年が気の毒になる。
「セイギ、ちゃんと相手を見て。それとおじさん、腰が抜けてる? 違うなら、危ないから逃げてほしいんだけど」
「・・・え。俺?」
「そう。っと危ないセイギ、後ろもいるんだから」
「わわ、悪い、ごめん!」
セイギと呼ばれる少年が、化け物に向かって棒を構え、反対側が俺の鼻先をかすめて顔を打ちかけて、少女の棒が余裕を持って遮る。俺の目の前で、二本の棒が交錯する。
少女は、相変わらず、大分近付いた化け物から目を離さず、片方で少年を睨みつけた。
「あたしはこの人のところにいるから、離れて一人で行ってきて」
「アキラ」
「まだ動きは鈍いから、分が悪くなったら距離を取れば大丈夫」
そう言って少女は、青年の背を押し出す。やはり視線は、外れない。
少年はまだ少し腰がひけているが、覚悟を決めたのか、俺たちから引き離すように、化け物をひきつけ、少し距離を置いた。
「大丈夫? 立てるようになったら、すぐに逃げてね」
「・・・君たちは?」
「通りすがりだから気にしないで」
にべもない返事だ。
「あ、あの化け物と、何か関係があるのか?」
「化け物、ね」
何故かそこで、意味ありげにトーンが変わる。わずかに窺える横顔から、口の端だけが持ち上がっているのが判った。
思わず、まじまじと見つめてしまう。不意に、少女がこちらを向いた。
「正義の味方はいいよね、悪を退治すればいいんだから。相手のことを何も知らなければ、何も感じなくていい。そうして皆に感謝される。かくして、正義ははびこる」
にこりともしないで、全てを見透かしたような目で、少女は俺の目を覗き込んだ。
何故だか、恐くて、恥ずかしくなった。
少女の言葉は、最近では一昔前の勧善懲悪と同じように、ごく一般的に語られるようになったものだ。しかし少女は、それを揶揄して言うわけでも、知ったかぶりや上辺の悟りや賢しさで言っているわけではなかった。
俺のふた周り以上も年下の、子供なのに。
「アキラ、これどうやってしまうんだった?」
「ちょっとセイギ、それははじめてじゃないでしょ。しっかりしてよ、期待の新人」
一転してからかうように、少年のもとに身を翻す。軽やかな、踊り子のような足取りだった。
いつの間にか、化け物――あれは、姿を消していた。棒を持った青年だけが、途方に暮れたように少女を待っている。
彼女たちは、何者なのだろう。
俺の見ている前で、二本の棒は掻き消えた。
「やっぱり、気持ちのいいものじゃないな」
「よくできました」
そうして二人が、俺を見る。
「事故みたいなものだから、早く忘れてね。偶然だから」
「さっきはすみません。風邪ひかないように、早く帰ってください」
ぺこりと、一礼。
それだけで、何か話しながら、行ってしまう。その後ろ姿は、ありふれた兄弟かのようだった。
探してもカメラなんてないんだろうなと、思った。
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